ケインズ「知的影響力から自由なつもりの実務屋は、たいがいどこかの破綻した経済学者の奴隷」

経済学者ケインズの名言に、以下のようなものがあります*1

知的影響力から自由なつもりの実務屋は、たいがいどこかの破綻した経済学者の奴隷です。ジョン・メイナード・ケインズ雇用、利子、お金の一般理論」)

これは、「実務家には教養やアカデミックな知見は必要ないのだから、(大学)教育においても実務に役立つ知識・技術のみを身につければよい」とする昨今の一部の風潮に対して、痛烈な批判となっています*2

私自身、経理マンという実務家として、自身の経験のみに囚われて、破綻した(≒時代遅れの)理論の信奉者になっていないかどうか、いつも心に留めるように心がけています*3

この言葉は、実務家が教養(単なる知識だけではなく、モノの見方や考え方を含みます)を身につけることの重要性を端的に示していると思います。

以下のブログでも紹介されていましたので、興味のある方は是非ご覧ください。

www.nakahara-lab.net

ところで、上記の日本語訳は山形浩生氏によるもののようですが、この「破綻した経済学者」というのが、元々どういう表現だったのかと思い、英語の原文がどうなっているのかを調べてみました*4

Practical men, who believe themselves to be quite exempt from any intellectual influences, are usually the slaves of some defunct economist.

まず、"Practical men"が実務家を意味しますが、その後に関係代名詞の非制限用法が続いているので、「実務家というのは、自らがいかなる知的影響からも免れていると信じている」とケインズが考えていることが分かります。日本語訳だけでは、制限用法か非制限用法かがよく分かりませんね。

そして、問題の「破綻した経済学者」というのは、"defunct economist"のことを指しているようです。"defunct"はあまり馴染みのない単語ですが、こちらのページで調べてみると、「1.機能していない、現存しない、使われていない」「2.死んだ、故~、今は亡き」という意味が載っています*5

おそらく、1番目の「機能していない」という意味で捉えて、「破綻した」と訳出されているのだと思います。一方、2番目の意味で捉えて、「すでに亡くなった、過去の」と訳出する方が自然なような気もします*6

「破綻した経済学者」というのは強烈で印象に残る訳でしたが、今後この言葉を誰かに伝えるときには、原文を理解した上で、その場で日本語訳して表現するようにしたいと思います。

*1:今回のエントリーは、こちらのブログを参考にさせていただきました。

*2:これと関連して、特に経済学に関して言えば、世の中で成功を収めた実業家で、自身の経験のみに基づいてアカデミックな研究の積み重ねを無視し、学術的に誤った言論を堂々と主張している方をよく見かける気がします。端的な例としては、こちらの記事が参考になります。

*3:とは言え、私自身は、難解とされるケインズの「雇用、利子、お金の一般理論」を読んだことはなく、いつどこでこの言葉に出会ったのかを思い出せないのですが。。。⇒(2020/12/10追記)その後、思い出しました。以前読んだ、山口周著『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』(KADOKAWA)という書籍のプロローグに記載があり、ここで初めて出会った言葉だと思います。

*4:こちらのページの最終段落より引用しています。

*5:そういえば、私が好きなラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」という曲の原題は、フランス語で"Pavane pour une infante défunte"でした。"défunte"が「亡き」を表しており、おそらく英語の"defunct"と同じ語源なのだと思われます。

*6:いくつかのサイトで、そのような批判を目にしました。実際、この後の文脈まで考えると、そう捉える方が自然なようです。