信託型SOの国税庁見解に関する個人的メモ

信託型ストック・オプション(以下、ストック・オプションをSOと略します)の税務上の取扱いについて、国税庁が従来の理解と異なる見解を示していることにつき、昨日(5/27)の日経新聞朝刊1面において大々的に取り上げられました。

www.nikkei.com

本見解については、今年の2月の時点で、国税庁次官による国会答弁という形で公表されており、内容自体は特に目新しいものではありません。ストック・オプションに関する税制について、明日(5/29)「スタートアップの経営者や支援者のためのストックオプション税制説明会」という国税庁経済産業省による説明会が開催される予定であり、その前のタイミングで、日経に記事を書かせたと考えるのが自然でしょう。

いずれにしても、国税庁による公式説明はこれからとなるわけですが、その前の段階で私が考えている内容を記載しておきたいと思います。あくまで個人的なメモであり、記載内容の正確性について保証はできない点、ご了承ください。

なお、私自身はスタートアップの片隅に身を置いておりますが、信託型SOを保有しておりません(所属している会社に制度が存在しません)し、また信託型SOによって大金持ちになった知り合いも周りにいませんので、個人的な利害関係はないことを念のため記載しておきます。

はじめに

信託型SOとは、一言で言えば、「会社が発行したSOを創業者等が買い取って信託にプールして、プールしたSOを一定の評価ルールに基づいて従業員等に配付するスキーム」です。ここでは詳細は説明しませんが、「法人課税信託」という制度を利用し、信託設定時点で受益者(SOを付与される人)が確定していないことを理由に、信託設定時点で委託者(創業者等)の資金を用いて受託者(信託会社)が納税を行う点が、このスキームの最大のポイントになります。

すなわち、信託にSOを拠出した時点で課税が完了しているので、実際にSOが従業員に付与される際には課税が発生しない、というのが従来の理解でした。この従来の理解をひっくり返して、SOが従業員に付与された場合は改めて給与課税が発生する、としたのが、今回の国税庁による見解となります。

国税庁からの説明で確認したい論点

国税庁からの説明を受けるにあたり、以下のような点がポイントになりそうです。

信託型SOが給与課税となるロジック

SNSの書き込みを見ていると、信託型SOはあたかも「脱税スキーム」であるかのような記載が多く見られます。

確かに、価値のある資産を会社から無償で受け取ったのであれば、それは「給与所得」として課税されるべきであり、「信託型SO」とは、信託を間に挟むことで、これを回避するスキームであるように見えます。

しかし、「法人課税信託」という仕組み自体は昔から存在するものであり、受益者が確定していない前提で、この仕組みを活用すること自体が不当であるとは言えないように思います。

そもそも、税務の世界には「租税法律主義*1と呼ばれる考え方があり、ここから、納税者が自己の租税負担を容易に予測できるよう「予測可能性」が保証されていることが重要であるとされています。

上記の観点から、信託型SOの従来の整理をどのように否定できるロジックがあるのか。具体的には、信託に拠出した時点で課税されているのに、どういうロジックで再度給与課税が生じるのか。ここがもっとも重要なポイントになるのは間違いないと思います。

ちなみに、信託型SOは、役職員以外の関係者(業務委託のメンバーなど)にも付与できますが、この場合は課税関係はどうなるのか(雇用関係がないのに給与課税?)、といった点も気になるところです。

(2023/5/29の説明会を視聴して追記)

国税庁によると、「国税庁としては従来から給与課税という立場を取っている、むしろ給与課税にならないという見解が存在することを知らなかった」とのことです。「そんなバカな!?」というのが会場の反応で、笑いも起きていたようですが、国税庁は従来から立場を変えていないの一点張りです*2。一方で国税庁に複数回照会したという証言も存在するため、今後どちらの発言が真実なのか、明らかになることが期待されますが、信託型SOの考案者サイドは特に争うつもりはないようですので*3、うやむやになったまま決着する可能性も高そうです。

有償SOの取扱い

詳細な説明は省きますが、従業員等が会社に資金を拠出して*4SOを取得する「有償SO」と呼ばれるスキームがあります。このスキームを用いると、従業員へのSOの付与はあくまで会社と従業員との等価交換であるため、SO行使時点において給与課税は発生しない、というのが従来の整理でした*5従業員ではなく創業者等が有償SOを取得して信託に拠出するのが「信託型SO」であり、信託型SOは有償SOの発展版であるともいえます。

さて、この有償SOも広く普及していますが、信託型SOが給与課税の対象であれば、有償SOも同様に給与課税になる可能性もあるのでしょうか。もしそうであれば、国税庁としては、フォーマルな「税制適格SO」以外の息の根を止めようとしている、といえるのかもしれません。

(2023/5/29の説明会を視聴して追記)

説明会では、有償SOについては会社からの報酬といえないので給与課税にはならないことが明言されていました。一方、信託型SOは従来有償SOであるという見解があったものの、役職員に金銭負担がないため有償SOではなく給与課税になる、といった整理になるようです。

その他の論点

SNS上では様々な書き込みがされているようですが、以下のような点で誤解が生じているように思いましたので、コメントしておきます。

株式の譲渡所得の税率が20%なのは金持ち優遇なのか?

給与として支給されるのなら給与課税(最大55%)されるのは当然だ、国税庁の見解はまったく正しい、という論調が多く見られます。

しかし、SOというのは、上場を達成して、さらに株価が上昇していかなければ価値を持たないものです。そして、実際に上場できる可能性はそれほど高くはなく、さらにその後に株価が大きく下落する会社が大半である現実を考えると、SOによって大きく儲かる可能性は客観的にそれほど高くないといえます。

要するに、SOというのは現金で確実に支給される給与とはまったく異なる性質をもつものであり、SOで利益が生じた場合に、それを給与と同列に扱い、給与課税として給与と同様に課税しなければならない、というのはまったくの暴論であるように思います。

ちなみに、磯崎 哲也著『増補改訂版 起業のエクイティ・ファイナンス』(ダイヤモンド社)のp350-351において、「税務の理論的には、キャピタルゲインに対する課税は、分離してフラットな税率で課税することが正しい」ことについて説明されていますので、以下に引用しておきます。

なぜ株譲渡所得は分離課税で一定の税率なのか?

 

ここで、個人の株式の譲渡益が分離課税で一定の税率なのは、決して「キャピタルゲインで暮らす金持ち優遇」のためなどではなく、理論的に当然の帰結なのだということを理解しておく必要があります。

 

…(中略)…株式の譲渡による所得は、一般的な給料などとは違い、複数年にまたがる努力の成果です。給料などの所得は累進税率ですので、たとえば投資から5年かかってexitした場合にまとめて発生する譲渡益を、単年度で「報酬」とみなすと、必要以上に高い税率となってしまうわけです。

 

…(中略)…また、スタートアップのexit時の企業価値や株価は、…(中略)…今後企業が稼ぐであろう将来のキャッシュフローを期待して決まることが多くなっています。このため、そのスタートアップのキャピタルゲインに課税するということは、国としては、本来、将来にならないと課税できないはずの、その企業が未来に獲得するキャッシュに対する税金を先取りできたとも考えられるわけです。

給与課税になると信託型SOは完全に終わるのか?

これはあまり議論になっていませんが、給与課税になることで「信託型SO」というスキームは終わる、という前提での意見が多く見られます。これは本当でしょうか?

付与者を後決めできることや、行使価格を低く固定できる点は引き続きメリットになり得ると思います。特にキャピタルゲインの絶対額が大きくできるのであれば、仮に給与課税で55%の税金が発生しても、十分インセンティブプランとして機能する可能性はあるでしょう。

ただし、信託型SOも有償SOと同様に会計上費用計上が求められる可能性が高い*6ので、信託型SOを利用すると、会社としてキャッシュアウト(給与の現金での支払い)を抑える効果は確かにあるものの、PLインパクトが読みにくい(PL上の費用が大きく膨らむ可能性がある)点がデメリットになるかもしれません。

(2023/5/29の説明会を視聴して追記)

説明会では、税制適格SOの権利行使価額を決定するにあたり基準となる「1株当たりの価額」として、今後は、取引相場のない株式の場合は、簿価純資産ベースでの評価額を認める旨の内容がありました。これにより、未上場であれば、税制適格SOであっても、相当低い価額を権利行使価額として設定することが可能になりそうです*7

スタートアップにとっては大変望ましい変更だと思いますが、2点ほどコメントしておきたいと思います。

普通株式時価を下回る金額で権利行使価額を設定した場合、税制適格SOであったとしても、本源的価値が生じることになります。これにより、未上場企業であっても、株式報酬費用が発生することになり、PLインパクトが生じます。PL上どこまで費用計上が許容されるかを見極めつつ、権利行使価額を設定する必要が出てきそうです。

 なお、会計処理上は普通株式ベースの時価の算定が必須となるため、監査法人が入っているフェーズであれば、(明らかに権利行使価額が普通株式ベースの時価を上回っている場合を除き)三者評価機関に依頼して普通株式ベースの時価評価を行うことは避けられなくなると思われます。

・当該変更により、税制適格SOであっても権利行使価額を低く設定できることから、信託型SOの「行使価格を低いまま固定できる」というメリットは完全に意味を失ったようにも思われます。しかし、簿価純資産ベースでの権利行使価額の設定が認められるのは、あくまで未上場会社のみであり、上場後はこの評価方法は利用できません

 そのため、上場後も低い権利行使価額のSOを発行したい、というニーズがある場合には、信託型SOのメリットが存続する可能性はあるかもしれません*8

おわりに

SNSの書き込みを見ると、「給与課税されて当然」という意見が多いことは率直に驚きでした。「信託型SO」の仕組み、特に信託設定時に課税が完了していることについて理解することなく、「信託型SOは違法な脱税スキームである」とする誹謗中傷に近い誤解も多く喧伝されてしまっているのは残念*9であり、世間のスタートアップに対する無理解の壁を改めて感じるとともに、スタートアップにおいて成功を収めた人に対する嫉妬のようなものも感じました*10

国税庁の見解を見ると、政府としては、フォーマルな「税制適格SO」以外は認めない、という姿勢を打ち出しているようにも見えます。しかし、信託型SO自体は、数多くのスタートアップが成長する過程でそのスキームを支持し導入してきた実績があり、決して、違法な脱税スキームと呼ばれるものではないと思います。給与課税を強硬に(特に遡及適用を)進めると、いたずらに混乱を招くだけであるのは明白です。

「スタートアップは良く分からないものであり、SOなんてうさんくさい」といった世間の無理解の壁を壊し、スタートアップに優秀な人材を呼び込むために何をすべきか、という前向きな議論を、むしろ政府が主導すべきなのではないか、と個人的には思います。現政権はスタートアップ支援を目玉政策の一つにしているはずですが、その流れとの整合性も疑問です。

いずれにしても、私自身は直接の利害関係がありませんので、少し離れた立場から、今後の推移をスタートアップの片隅から見守っていきたいと思います。

*1:「法律の根拠に基づくことなしには、国家は租税を賦課・徴収することはできず、国民は租税の納付を要求されることはない」という原則。憲法30条及び84条に基づくとされます。

*2:800社超も導入されているのに、これまで一度も税務調査の対象にならなかったということでしょうか…?

*3:https://kotaeru-trust.co.jp/news/20230528/index.html

*4:正確には、SOの時価を算定して、その金額を会社に拠出します。SOの時価の算定は、第三者評価機関に依頼するのが一般的です。会社がSOを発行して、従業員等から資金調達するようなイメージです。

*5:なお、従来は有償SOの会計上の取扱いが不明確であり、PL上費用処理が不要である点がメリットの一つでしたが、実務対応報告第36号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い」が公表されたことに伴い、現在では上場企業であれば株式報酬費用として費用処理する必要があります。

*6:会計基準上、必ずしも明確ではないので、実際の会計処理は、監査法人と要相談になると思います。

*7:「信託型SO」による問題提起があったことにより、このような改正がなされたのだとすれば、仮に「信託型SO」がその役割を終えるのだとしても、十分意味があったといえるのかもしれません。

*8:もちろん、多額の会計上の費用計上および税制非適格になる点を許容すれば、上場後に低い権利行使価額でのSOを発行することは可能ですが、事前に信託型SOを設定しておく方が費用計上額は少なくて済むと考えられます。

*9:そもそも「信託型SO」は、創業者が安くない身銭を切って信託を設定して、従業員等に報いようとするスキームであり、少なくとスタートアップ側が「脱税」を意図している要素はないと思われます。

*10:実際には、スタートアップ全体は人手不足の状況であり、意欲のある人はウェルカムなので、嫉妬するくらいであればこの業界に飛び込んで大きな成功を目指してもらった方が双方ハッピーだと思うのですが。。。