『戦略的思考とは何か』

先日、本屋で平積みされていた 岡崎久彦著 『戦略的思考とは何か』(中公新書)という本を購入してみました。「戦略」とは非常に魅力的な響きのある言葉であり、企業戦略、経営戦略などビジネスの世界でも頻繁に使用される一方、日本人が特に苦手としているイメージであり、なにか特別な才能がある人でないとその本質を掴めない難しいもの、そんな感覚があります*1。そんな戦略的思考を真正面から取り上げているタイトルであるので興味を引きました。

その内容は、経営戦略などではなく、まさに「戦略」本来の意味である、軍事に関する国家戦略についての本でした。「戦略」「戦術」などの言葉は、もともとは軍事用語であり、それがビジネスに転用されているわけです。軍事における戦略といえば、孫子マキアヴェリクラウゼヴィッツといった古典から、リデル=ハートに至るまで、名前だけは知っているものの正直あまり馴染みがなかったのですが、少なくとも「戦略」という言葉を用いて何かを語るのであれば、基本的なことを知っておく必要があるだろうと思い、読んでみることにしました*2

この本自体は、私が生まれるよりもさらに前(1983年)に書かれた、すでに「現代の古典」となりつつある書籍です。冷戦中に書かれているため、いまから見ると時代遅れな米ソ対立の分析にも多くのページが割かれていますが、それ以外にも日本の歴史からひも解いた日本の国家戦略の考え方がわかりやすく記されています*3

非常に面白く、かつ考えさせられる内容が多く含まれていましたので、特に興味深かったいくつかのトピックを簡単に紹介してみたいと思います。興味を持たれた方は、是非ご一読ください。

伝統的均衡(第1章)

当書の第1章において、日本はその地理的状況において、長い間、中華帝国を中心とする東アジアの国際秩序の恩恵を受けていたことが分析されています。具体的には、中国は周辺の諸民族に対して宗主権は要求するものの、あえて征服しようとしないという傾向があり、大国が圧倒的な力をもち、かつ自制することを知っていることで、東アジアにおいてパックス・シニカと呼ばれる安定した平和が維持されてきたことを指摘したうえで、以下のように述べられています。

外征を不徳とする中国の思想が確立するのは、実は、日本が統一国家として歴史に登場する隋唐のころからなのですが、この思想が確立する主たる原因は韓民族の抵抗にあったといっても言いすぎではありません。…韓民族というのはいろいろと不思議な民族です。まずは驚くべき内向的な民族で、歴史上膨張政策をとったことが一度もありません。…ところが、防戦となるとこれまた驚くべき能力を発揮します。(p18-20)

 

対外侵略の意図も能力もなく、他面北からの脅威には敢然と抵抗する意思のある国が大陸本土と日本とのあいだに介在している―これほど日本の安全にとって有難い条件はないといえましょう。(p21)

すなわち、朝鮮のおかげで日本の平和が長い間守られてきた、ということです。確かに歴史を振り返ると、元寇と秀吉の朝鮮出兵を除き、日本をとりまく戦略的均衡状態は長い間保たれていました。元寇のときは、大国(元)の自制がはたらいておらず、かつ朝鮮半島がバッファーの役割を果たせなかったということになります。

現在の日韓関係は、とても良好とはいえない状況が長い間続いていますが、地政学および戦略的に韓国が日本にとってどれだけ重要かを理解することが大事であると思います。

大陸に膨張主義的な大国―あるいは外征を不徳とするような特殊な道徳をもたない普通の大国―が出現して、朝鮮半島南部の抵抗が崩壊して、大国の勢力が南部まで及んだ場合は、極東の均衡の条件が崩れて日本に危機が迫るという、考えてみればあたりまえすぎるようなことが、日本の戦略的環境にとって真理として残ることになります。(p25)

要するに、日本にとっては、朝鮮半島南部の戦略的重要性が極めて高いということです。この事実は、日本人としてきちんと認識しておく必要があるでしょう。特に、北朝鮮問題や日韓関係を論じるにあたっての最低限の前提条件となるように思います*4

日露戦争からの四十年(第5章)

当書の第5章において、日露戦争の勝利(1905年)から太平洋戦争の敗戦(1945年)に至るちょうど40年間について分析されています。日露戦争の勝利の結果、明治維新から約40年で日本が列強の一角を占めるようになり、そしてその後40年で大日本帝国が滅亡したことを思うと、この期間の歴史の密度の濃さに改めて驚かされます*5

以下、当書の第5章をベースに、いくつかのトピックをご紹介します。

日露戦争の終り方

20世紀初頭の日露戦争の結果として、明治維新以来の日本の安全保障の問題は全て解決されます。当時の世界最強国家である英国と同盟を結び、朝鮮半島は完全に日本の勢力下に入ったうえ、中国は日清戦争で没落し、ロシアの極東における海軍力も消滅しました。日本にとってはすべてがうまくいった状態です。しかし、当書で示されるように「この時期から第二次大戦まで近代日本が直面する国際政治、安全保障、防衛の諸問題のもとは、ほとんど全部、日露戦争前後の時期に出そろってい」たといえるようです。(p100-101)

たとえば、日露戦争では、英国からの多大な支援が得られたことに加えてロシア国内に革命騒ぎがあり、ロシアが終戦を急いだため辛うじて勝利できたにもかかわらず、日本軍の戦闘能力が高かったことが最大の要因であると過信し、戦勝に酔った結果、情報や戦略の軽視につながりました。さらに、戦争がいちばんうまくいっているときに講和が可能だ、という考え方(決戦思想)を日本軍に植え付けました。いずれも、後の戦争において重大な結果を招いたように思います。

太平洋戦争はいまになって思えば、どの時点をとってみても最終的には勝ち目のない戦争でしたが、その間日本が望みをつないだのは、どこかの場所で大決戦を求めて日本海海戦のような大勝利をおさめて、そこで有利な講和を結ぶということでした。サイパン攻防戦をマリアナ決戦と呼び、その後レイテ決戦、沖縄決戦と呼んだのはそういう考え方です。そしてその間、陸軍は一度も決戦の機会を与えられていないので本土決戦を呼号することになります。(p105)

これはもちろん戦略と呼べるものではありません。当書でも指摘するように、米側は仮に負けても、また新たに軍艦と飛行機をつくって攻めてくるだけであり、最終の勝利のスケジュールが遅れるだけの話です。

つまり、日露戦争の成功体験が足を引っ張った形となっており、これは高度成長期の成功体験が足を引っ張っているいまの日本にもつながるように思われます。

いずれにしても、日露戦争のときはギリギリまで頭を使って戦略的に行動し、ロシアに対して歴史的勝利を収めた日本が、その後わずか40年で、行き当たりばったりの戦略に回帰し、自らの戦闘能力だけを頼りにして、やってみればどうにかなるかもしれないという楽観的な考えから国家を破滅に招いたわけです。この苦い教訓を学んで将来に活かさない手はないでしょう。

代わりとなり得た戦略

筆者は、真珠湾攻撃のようなことをやっては問題外としつつ*6、代替案として以下のような戦略を描いています。

あそこまで追い詰められてから、考えられる最も現実的な戦略は、まず蘭領と英領だけを攻撃して石油を抑え、当面困らない態勢をつくることだったでしょう。…(中略)…日本としてできたことは、英蘭だけを攻撃して、これは石油を確保するための自衛行動で米国とは戦争する意思が皆無なことをくり返し表明し、また占領地域の米人の身辺財産の保護には万全を期してそれを米国内に宣伝で売り込み、そのうえで米国が無理をして参戦してきても、それが明らかに難癖であることが米国民にわかるようなかたちで開戦させ、戦争中も、日露戦争のときのように、ことさらに米国人の捕虜を優遇してみせ、その間米国を迎え撃って、海では日本海海戦真珠湾のような勝利をおさめ、陸では硫黄島のような勇戦を示せば、それが米国内で厭戦気分を起させ、相互の妥協による講和をつくる唯一のチャンスだったでしょう。そういう合理的戦略の下にこそ、世界の最高水準のわが国軍隊の戦闘能力が国の利益のために本当に生かされ、何十万という生霊の犠牲も無駄にならないわけです。(p107)

なお、日本政府も当初から米英を同時に敵にまわすことを想定していたわけではない点には注意が必要です。たとえば、1940年7月に陸軍により決定された「世界情勢の推移に伴う時局処理要綱」*7においては、対南方武力行使の対象を「英国のみ」に限定し、当時イギリス領だった香港およびマレー半島シンガポールを攻略、「対米戦争」はつとめて避けるとされていました。すなわち、イギリスのみに攻撃を限定し、アメリカからの軍事介入を避けることが可能だと考えられていました*8

ちなみに、しばらく前に少しネットの一部で話題になったようですが、『物理数学の直観的方法』で有名な長沼伸一郎氏*9が、ご自身の以下のホームページでも別の戦略的解答を載せていますので、興味のある方はご覧ください。いずれにしても、長沼氏の「戦争を避けることが最初から不可能だったのだとすれば、やむを得ない選択として、戦ってそれなりに負けない戦略を一つの解答例として見いだしておくというのは、思考停止に陥らないためにも大変に重要なことです。」という指摘は正しいように思います。

pathfind.motion.ne.jp

戦略と戦術

先日の記事で紹介した『情報なき国家の悲劇 大本営参謀の情報戦記』においても、「戦略の失敗を戦術や戦闘でひっくり返すことはできなかった」旨が述べられていますが、当書においても、明確に述べられています。

戦略がよければ、戦術的なまちがいはやり直せば取り返しがつきますが、戦略が悪い場合は戦術でカヴァーできません。すべての戦術が成功するかぎり―こういうことは相手のあるゲームではありえないことですが―戦略の誤りの露呈が遅れるだけのことです。客観的な戦力比からいって、ミッドウェイでは日本が充分勝つチャンスがあったのですが、ミッドウェイの海戦で勝っても、結局は敗戦を半年か、一年遅らせただけでしょう。米・中・ソを全部敵にまわすという戦略的誤りを犯している以上、いかなる戦術的な勝利も救いようがありません。(p109)

戦略が悪ければ、何をやってもダメということです。一方、戦略が良ければ、戦術の失敗はどうにでもなるとして、戦後日本の戦略について、以下のように述べています。

戦後四十年間、日本は何のかのと言いながら何とかうまくやってきました。戦後日本の民主主義は試行錯誤も多く、また必ずしも強力な指導力に恵まれたわけでもなく、「あのときああやっておけば」ということもいくつかはありましたが、少しくらいの失敗は何とかとり返しています。これはサンフランシスコ講和条約日米安保条約という国家戦略が基本的によかったからです。戦略さえよければ戦術の失敗はどうにかなります。もし、日米安保体制という基本戦略を離れていたら、日本は内政外交上一波瀾も二波瀾も経験して、もし何とかなっているとしても危い綱渡りをくり返していたでしょう。(p110)

明治第二世代の責任

日露戦争以後の日本を率いたのは、主に明治時代に生まれた「明治第二世代」ですが、彼らの責任について、当書では以下のように述べています。

こうして見ると日本の国家戦略を誤ったのは全部日露戦争の勝ちにおごった明治の第二世代*10の責任のように聞えますが、その間の事情には同情すべき点もあります。明治の第二世代も何もアングロ・サクソン協調路線を意識的に離脱しようとしたのではありません。碁でいえば、序盤のちょっと欲張った一手が、いつのまにか大石が死ぬ原因となったようなものです。日露戦争直後の時点でアメリカと満州で協調していかないということが、やがて日英同盟の根底を揺がして、日本を極東で孤立化させ、ひいては日本帝国の没落に導くという判断まですることはたしかに難しいものだったでしょう。(p118-119)

実際、戦前の比較的若い指導者たちは、英米主導の国際社会の枠組みに反発していたようです。たとえば、戦前の内閣総理大臣である近衛文麿は連盟脱退直前に次のように述べています*11

国際社会は領土や資源の配分が「不公平」な状態にある。英米が主導する「平和主義」(国際協調)はこの現状を固定化しているに過ぎない。領土や資源などで不利な条件下にある日本は、人口増加により経済的に苦しんでいる。国家にも「生存権」はある。したがって、やむをえず「満蒙」に進出したのだ。

一方、明治維新を成した元勲は、日本の実力を冷静に見定めていました。最後の元老である西園寺公望満州事変の頃に次のような言葉を残しています*12

日本は「英米とともに采配の柄を握っている」ことが、「世界的地歩を確保」していくためには必要である。国家の前途について、自分たちは「東洋の盟主たる日本」とか、「亜細亜モンロー主義」とか、そんな狭い考えではなかった。むしろ「世界の日本」という点に着眼してきた。東洋の問題にしても、やはり「英米と協調」してこそ、おのずから解決し得るのである。「亜細亜主義」とか、「亜細亜モンロー主義」とか言っているよりも、その方がはるかに解決の捷径である。もっと世界の大局に着眼して、国家の進むべき方向を考えなければならない

西園寺公望英米協調や政党内閣を重視しており、現在からみても非常に聡明で常識的な考えをもった人物であり、かつ元老として隠然たる政治力を持っていましたが、1936年の二・二六事件のターゲット候補にされるなど、軍部寄りの勢力からは疎まれていました。西園寺が1940年11月に90歳で亡くなり、その1年後に日本が太平洋戦争に突入したことを考えると、もし西園寺があと数年長生きしていたら歴史は変わっていたかもしれないと思わざるを得ません。

まとめ

結局、あの戦争(太平洋戦争)で日本が学んだことは何だったのか。日本では、「戦争は絶対にしてはいけない」と言われ、これが戦争の教訓のように語られることがありますが、これは「人を殺してはいけない」というのと同じような一般原則であって、戦争の体験から学ぶことではないように思います。

当書の分析によると、前回の戦争で学んだことは、やはり「アメリカと戦争をしてはいけない」ということだと思います。そして、戦後の歴代自民党政権は、そのことを良くわかっており、この大戦略が正しかったからこそ、多少の戦術的な失敗があったとしても、国が傾くようなことにはなっていないのだと思います。

当書第11章の冒頭より引用します。

日本の対外政策のパートナーとして、米ソ二大勢力のどちらかを選ぶかという問題については、もはやあらためて論ずるまでもないと思います。いままで私がながながと述べてきたことの論理的な帰結は、アングロ・サクソンが当然かつ、唯一のパートナーだということです。また、日本国民は、開国以来百三十年間、三国干渉や日露戦争や第二次大戦末期等の経験をへて、この選択についてはすでにはっきりした答えをもっています。(p269)

「戦争をしてはいけない」というお題目を唱えるだけではなく、どうすればあの戦争であれだけの被害を出さずに済んだか、戦争を始めたこと自体が戦略として誤りなのであれば、どこで道を誤ったのか、それらについて、きちんと答えを出しておくこと、それこそが戦争から学ぶということではないかと思います。

もちろん戦後多くの研究がなされており、たとえば旧日本軍の研究として有名な『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』(中公文庫)という書籍など、様々な分析が行われていますが、どれだけ国民の間の共通認識となっているのかは疑問です。

いずれにしても、ミッドウェーの敗戦は戦術的な観点から、太平洋戦争の敗戦自体については戦略的な観点から、それぞれ異なる観点からの総括が必要であるように思いました。そして、それはもちろん、「第二の敗戦」といわれる、失われた三十年における経済的な敗北についても同様のことが言えると思います。

最後に、当書の結びから引用して終わりたいと思います。

歴史的に考えても、情報と戦略は日本の対外政策のいちばん弱い部分です。それでも、歴史の上で種々の幸運にめぐまれて大過なきを得てきましたが、日露戦争後の世界政局の中で馬脚を露して、ついには、国民に無益な戦争と敗戦の惨苦を嘗めさせました。…(中略)…日露戦争後四十年間の教訓はしっかりと学びとらねばなりません。(p314)

*1:これは、日本の主要な大学において「戦略論」が教えられていないことも大きな要因かもしれません。当書あと書きによると、これは、戦後の(マルクス的)反戦平和主義の下、戦略論を教える人材がいなかったことがありますが、一方戦前においても、戦略論の教育・研究は陸海軍大学で行われており、官吏養成機関である帝国大学では教えられていなかったようであり、これが遠因となっている可能性があります。

*2:当書においては、「我々は戦略論を考えようとしているのですが、戦略論とはすなわち戦史の研究、解釈であると断言しても、かなり正統派の考え方として通用します。(p15)」と述べられています。

*3:特に前半の第1~5章においては、過去の日本の歴史を踏まえた分析が行われており、現在においてもそのまま違和感なく通用するため、真理が含まれているように思います。一方、6章以降は、執筆時の冷戦の状況を踏まえた記載となっているため、読み物としては面白いですが、やや時代遅れとなっている印象です。

*4:実際には、日本には長い間こういった認識がなかったことが当書では厳しく指摘されていますので、一部引用します。「力関係がわが方に有利なときは先方が下手に出るのでコロコロ喜んで、出兵しない。力関係が逆転して先方が高姿勢に転ずると今度は怒って攻めようとする、これでは情勢判断も戦略もない、驚くべき単純思考です。よくこれで千二百年間やってこられたと思います。国際環境のきびしい国ではとても考えられないことです。いまでも、日本周辺の客観的軍事バランスと無関係に、むしろ国内事情を中心に日本の戦略を構築しようという発想がしばしば出てくることの背後にはこういう歴史的伝統があるのでしょう。(p29)」「おそらくは島国という恵まれた環境に育った日本民族の、世界にも稀な経験の乏しさ、そこからくる初心さが、外部の情報に対する無関心と大きな意味での戦略的思考の欠如を生んできたといえましょう。(p30)」

*5:さらに言えば、太平洋戦争からさらに40年後に執筆されたのが当書ということになります。

*6:よく指摘されることですが、これにより米国の厭戦気分による早期停戦に期待することもできなくなりました。日清戦争日露戦争の際は国際世論を有利に導くために日本政府が腐心していたことと比べると、「その無神経さは隔世の感があります」と当書でも指摘されています。

*7:これらの「方針」「要綱」と呼ばれるものについても、著者は次のように批判しています。「アジア大陸でフリー・ハンドを得たと錯覚した…(中略)…列強の意図を読むことよりも、日本がどうするかを決めて実行することが対外政策だと錯覚したわけです。(p252)」。

*8:川田稔著『木戸幸一 内大臣の太平洋戦争』(文春新書)p109より。なお、当時はドイツの西方攻勢によりパリがすでに陥落し、ドイツ軍の英本土攻略が想定されている状況にありました。当時の日本の基本戦略は、ドイツがイギリス本土に攻撃を仕掛けるタイミングで、日本も同調して英領植民地への武力行使を行い大英帝国を崩壊させるという、ある意味他力本願的なものでした。実際には、ドイツは早期の英本土攻略を諦め、見通しの甘い対ソ戦に乗り出して、結果的にドイツ第三帝国大日本帝国よりも早く滅亡することになります。

*9:なお、長沼氏の著作はどれも知的好奇心をくすぐる面白いものなので、おススメです。教科書的な説明の枝葉をそぎ落としてなるべく簡単に説明するという(一般によくある、そしてあまり面白くない)方法ではなく、大胆なアナロジーを用いた「直観」によりまったく別の角度からその本質を理解させる、そういう大胆な視点が提供される知的な面白さがあります。「直観」の意義について、長沼氏は、現在の学問はタコツボ化しているため、これを直観によってショートカットすることが必要であって、そのために第一線の研究者を投入すべきであると説いています。

*10:当書に言わせれば、「少し遅く生まれたために維新の大業に参加できなかった明治の第二世代としては、日本の帝国主義的発展の中に、生き甲斐と功名を求めて走り出していたわけです。(p117)」。

*11:川田稔著『木戸幸一 内大臣の太平洋戦争』(文春新書)p52より。

*12:川田稔著『木戸幸一 内大臣の太平洋戦争』(文春新書)p37より。

『大本営参謀の情報戦記』

先日、データサイエンティストの方のブログ記事の中で、データ分析に携わる者の必読書として 堀栄三著『情報なき国家の悲劇 大本営参謀の情報戦記』(文春文庫)という書籍が紹介されていたので、読んでみました。予想以上に面白く、かつ歴史に詳しくなくても十分に理解できる内容でしたので、ご紹介させていただきます。

著者の堀氏は、ちょうど30歳を迎える1943年10月に参謀職に発令*1され、若手参謀(階級は陸軍少佐)として大本営に勤務した経歴を持つ方です。若手参謀の視点で、主に情報戦の観点から見た太平洋戦争が描かれています。太平洋では1942年6月にミッドウェーの戦いで日本が大敗を喫して米軍の反攻が本格化し*2、欧州ではイタリアが1943年9月に降伏、ドイツも1943年2月にスターリングラードで壊滅的な敗北を喫して対ソ戦の敗色が濃くなるなど、枢軸国側の戦況の悪化がはっきりしてきた時期にあたります。なお、当書籍が出版されたのは平成に入ってからですので、著者にとっては約45年前の回顧録ということになります。

情報という観点を抜きにしても、戦時中の人と人との営みが鮮明に描かれており*3、純粋に物語として楽しめます。もちろん、読者の視点では敗戦という結末がすでに見えているわけですが、その中で(今の私よりも若い!)著者が懸命に知恵を振り絞り、断片的な情報をつなぎ合わせ、合理的思考を基に作戦立案を行っていく様子は、一言で言えば新鮮であるとともに、心打たれるものがありました。戦前の旧日本軍といえば、精神論ばかりが声高に主張され、非合理的な意思決定が行われていたイメージがありますが*4、もちろん組織の中には優秀な人材がいて、なんとか難局を乗り越えようと奮闘していた様子が伝わってきます。それは、まるで業績の悪化した旧来型の日本の大企業において、現場の社員が奮闘している様子とも重なるものがありました*5

この本では情報の取扱いが主題ですので、情報を扱う際の心構えや、表層ではなく深層の本質を見ることの重要性についてなど、著者の実体験を通じて何度も説かれています。それらは是非本書を読んで追体験いただくとして*6、ここでは、特に印象に残った項目を少しだけご紹介したいと思います。非常に多くの教訓が含まれる書籍ですので、興味があれば是非ご一読をおススメします。

旧日本軍における情報軽視

旧日本軍において情報が軽視されていたことは良く知られていますが、実際、陸軍大学校(陸大)においても情報教育はほとんど行われていなかったようです。陸大において、様々な戦術教育は行われるものの、その前提となる情報は所与のものとして与えられており、情報そのものの収集・分析の教育はまったくなかったと記されています。

情報の重要性に対する認識の欠如

太平洋戦争の開戦時において、大本営*7には米軍の情報を収集・分析する専門の部署すらなかったというのは驚きでした。圧倒的に物量で劣るうえに、情報もなければ勝ち目はありません。以下、当書から引用します。

当時の第六課*8は、これが戦争の真正面の敵である米英に対する情報の担当課かと疑われるようなお粗末なものであった。…昭和十七(1942)年四月…初めて第六課が米、英の担当課となった。戦争をしている相手国の担当課が出来るのは当然であるが、これが太平洋戦争開戦後約半年してからのことだから、そのスローモーぶりには驚かざるを得ない。(p56)

著者は1943年11月に第六課に配属されて米軍の戦法の研究を命じられ、逆に今まで敵軍の研究がほとんどなされていなかったことに驚愕したと言います。さらには、この期に及んでも、いまだに米国恐るるに足らずと公言する参謀もいたということで、ここまで大本営が情報に疎く、現実を直視しようとしていなかったというのは驚きです。

当書によると、米国が日本との戦争の準備を始めたのは、大正十(1921)年からであったといいます。そのくらい前から情報戦争はすでに開戦していて、情報の収集が行われていたことになります。この時点で、戦争の勝敗は決していたといえるのでしょう*9

日系人強制収容による大打撃

米国が太平洋戦争開戦直後に、日系人を強制収容したことはよく知られていますが、防諜の観点から、著者は以下のように述べています。筆者が敗戦の最大の原因と呼ぶほど重要な意味があったとは知りませんでした。

戦争中一番穴のあいた情報網は、他ならぬ米国本土であった。…一番大事な米本土に情報網の穴のあいたことが、敗戦の大きな要因であった。いやこれが最大の原因であった日系人の強制収容は日本にとって実に手痛い打撃であった。

 

日本はハワイの真珠湾を奇襲攻撃して、数隻の戦艦を撃沈する戦術的勝利をあげて狂喜乱舞したが、それを口実に米国は日系人強制収容という真珠湾以上の大戦略的情報勝利を収めてしまった。日本人が歓声を上げたとき、米国はもっと大きな、しかも声を出さない歓声を上げていたことを銘記すべきである。これで日本武官が、米本土に築いた情報の砦は瓦解した。(p97)

情報を無視した戦略の破綻

大本営が正しい情報を握りつぶして、嘘の情報を国民に流していたこと(いわゆる「大本営発表」)はよく知られていますが、実際には大本営内部や前線にも誤った情報が蔓延し、不正確な情報に基づいて作戦指揮が行われていた実態が赤裸々に描かれており、驚きました。つまり、一次情報の審査がまったく行われず、現場からの不正確かつ楽観的な報告がそのまま鵜呑みにされていたというのです。大本営が国民を騙そうとしていたのではなく、大本営自体が事態を把握できず大敗北を大戦果と勘違いして信じ込んでいた、というのであれば驚きです。

筆者は情報を分析する中で大本営の発表がいい加減ではないかと疑いを抱いており、1944年10月の台湾沖航空戦について以下のように記しています。

戦果はこんなに大きくない。場合によったら三分の一か、五分の一か、あるいはもっと少いかも知れない。第一、誰がこの戦果を確認してきたのだ、誰がこれを審査しているのだ。やはり、これが今までの〇〇島沖海軍航空戦の幻の大戦果の実体だったのだ。(p163)

 

各司令部は、大本営海軍部発表を全面的に肯定し、各幕僚室は軍艦マーチに酔っていた。東京の電波は、かくてありもしない幻の大戦果という麻薬を前線にばらまいてしまった。(p170)

 

台湾沖航空戦の大戦果に酔った作戦課は、「今こそ海軍の消滅した米陸軍をレイテにおいて殲滅すべき好機である」と、ルソン決戦からレイテ決戦へ急に戦略の大転換を行ってしまった…(中略)…航空戦の誤報を信じて軽々に大戦略を転換して、敗戦へと急傾斜をたどらせた一握りの戦略策定者の歴史的な大過失であった。(p184)

このように、情報を無視した戦略がいかに大きな犠牲をともなうかを、筆者は厳しく指摘しています。なお、台湾沖航空戦の戦果が実際には誇張であることをいち早く見抜いた筆者は、そのことを大本営に打電していますが、この電報が握りつぶされていたことが1958年になって判明したとのことで(p188)、大本営の中枢部の闇の深さの一端が窺い知れます。

指導者=戦略策定者たちの過失

筆者は、ペリリュー島の守備にあたり文字通り孤軍奮闘した第十四師団*10の中川大佐*11を称えたうえで、以下のように述べています。

しょせん戦略の失敗を戦術や戦闘でひっくり返すことはできなかったということである。この際の戦略とは、太平洋という戦場の特性を情報の視点から究明し、もう十年以上も前に「軍の主兵は航空なり」に転換し、「鉄量には鉄量をもってする」とする戦略である。

 

この問題は、単に軍事の問題ではなく、政治にも、教育にも、企業活動にも通じるものであり、一握りの指導者の戦略の失敗を、戦術や戦闘で取り戻すことは不可能である。それゆえに、指導者と仰がれる一握りの中枢の人間の心構えが何よりも問われなくてはならない。出世慾だけに駆られ、国破れ企業破れて反省しても遅い、敗れ去る前に自ら襟を正すべきであるが、その中でも情報を重視し、正確な情報的視点から物事の深層を見つめて、施策を立てることが緊要となってくる。現在の日本の各界の指導者は果してどうか。(p145)

 

一握りの戦略策定者たちの過失にもかかわらず、一言半句の不平も述べず、戦略の失敗を戦術や戦闘では取り返せないことを承知しつつ、第一線部隊としての最大限の努力をしながら彼らは散華していったのである。

 

情報は常に作戦に先行しなければならない。…(中略)…日本の情報部も、開戦直前まで北方ソ連の方を見ていて、太平洋では惰眠をむさぼっていたのだ。その惰眠のために、何十万の犠牲を太平洋上に払わせてしまったと思うと、情報部もまた、少々の後悔や反省だけでは済まされないものがある。(p157)

これらの文章を読むと胸が苦しくなる思いがしますが、現代の日本を生きる我々も、かつての戦略の誤りが国をいかにして亡ぼしたのかを直視し、過去の歴史から学ばなければならないように思います*12

*1:著者は太平洋戦争が始まった際は陸軍大学校に在籍し、「陸大の学生たちには、戦争の臭いもかがされていなかったので、驚き以外の何物でもなかった。(p35)」と述懐されています。

*2:日本軍は、先制奇襲攻撃(真珠湾攻撃)により米太平洋艦隊に大打撃を与えたうえで、その後反撃してくる米海軍を各個撃破する方針としていましたが、当時の主力であった正規空母6隻のうち4隻をミッドウェー海戦で一気に失ったことにより(残り1隻も直前の珊瑚海海戦で既に大破)、太平洋戦争の開戦(1941年12月)からわずか半年で、開戦時における前提が崩れる結果となりました。

*3:たとえば当書の冒頭に出てくる、著者とその父親との晩酌をしながらの会話や、駐日ドイツ大使館付武官と都内の料亭での会食など、戦時中の日常の様子は大変興味深いと感じました。現代を生きる我々は、先の大戦のことを、どこか遠い昔の別世界の出来事と捉えてしまいがちですが、そうではないことを再認識させられます。

*4:なお、この点について『「命令違反」が組織を伸ばす』(光文社新書)という書籍において、以下のように述べられています。「旧日本軍の上層部は敵について、まったくの無知であったのか。だが、連合艦隊を率いた山本五十六ハーバード大学に留学していたし、ミッドウェー海戦で活躍した山口多聞プリンストン大学に留学していた。いずれも、米国の名門だ。硫黄島戦の指揮官・栗林忠道中将や沖縄戦の秀才参謀・八原博道大佐も駐在武官として長らく米国に滞在し、米国通であった。…(中略)…これらのことを考慮すると、旧日本軍は「無知」で「非合理」で「馬鹿げた考え」を持っていたとは、単純にいえないように思われる。(序章)」。同書においては、このような問題提起のもと、主に行動経済学の観点から、限定合理的な人間が不完全な情報に基づいて合理的に判断した結果、結果的に旧日本軍が誤った意思決定を行って自滅した可能性について考察しています。興味のある方は是非ご一読ください。

*5:書籍の中では大本営の組織図なども紹介されていますが、部・課・班からなる組織構造はいまの日本の大企業と大きくは変わらないでしょう。また、著者自身も「作戦と情報がうまく噛み合うと、仕事はスムーズにいき、やり甲斐があった(p196)」と述懐している箇所もあり、やはり大企業で働くサラリーマンと重なるものがありました。

*6:なお、情報処理について、筆者は以下のようなたとえ話で語っています。「実際情報の処理とは、篩の中に土砂を入れて、それを篩い落すようなもので、その中からほんの一つの珍しい石ころでも出たら有難い。時にはダイヤが出ることだってある。ところが、それで喜んではいけない。そのダイヤが本物か、偽物かという問題にぶつかるからだ。場合によっては、二つ三つのダイヤが篩に残ることもある。さてどれが本物で、どれが偽物か、あるいは全部偽物かと選択を迫られることもある。(p204)」。

*7:Wikipediaによると、「大日本帝国陸軍および大日本帝国海軍支配下に置く、戦時中のみの天皇直属の最高統帥機関」。

*8:大本営陸軍部第二部(情報部)の第六課。さらにその下に米国班、英国班、戦況班、地誌班に分かれ、著者が配属された1943年11月時点で庶務を含めて当時40名程度、そこから年末にかけてようやく65名超に増員されたようです。(p57, 61)

*9:少し話はそれますが、『戦略的思考とは何か』(中公新書)という書籍において、日露戦争中、世界中の情報を一手に握っていた英国から国際情勢の動きを刻々教えてもらい、日本の戦略のいちばん弱いところを補ってもらっていたことに触れたうえで、日本における情報の価値について次のように記載されていますので、ご紹介します。「一般的にいって、日英同盟の期間中とか、戦後の日米安保体制下の日本とか、アングロ・サクソンと同盟しているあいだの日本があまり素頓狂なまちがいを犯さないのは、アングロ・サクソン世界のもっている情報がよく入ってくるからだと思っています。いったんこれが切れて(一九)三〇年代の日本のようになると、もう世界の情勢がどうなっているか常識的な判断を失って、八紘一宇だとか、わけのわからないことを口走るようになります。情報というものは一度常識の線を失うと、どこまで堕ちていくかわからないものです。「ユダヤ人が結託して世界を征服しようとしている」などと耳もとで囁かれると、これは重大な情報だ、と飛び上がったりします。こんなことは世界中の良質の情報にいつも接する環境にあれば、自らその、玉石、軽重の程度はわかるものです。(p97)」

*10:「二ヶ月以上を一個連隊を基幹とする部隊(約五千名)で、米軍二個師団と押しつ押されつの戦闘を繰り返して、文字通り米軍に悲鳴を上げさせただけでなく、…(中略)…連隊があらかじめ作った最後の砦である地下壕や洞窟を利用して、ゲリラ戦に転じて昭和二十二(1947)年四月二十一日まで戦闘を続けていたのである。(p144)」と当書籍で紹介されています。なお、このゲリラ戦の生き残りの方の貴重な証言を元にした新書本『ペリリュー玉砕 南洋のサムライ・中川州男の戦い』(文春新書)が、令和の時代に入った2019年6月に出版されています。

*11:上記の脚注*4でも紹介した『「命令違反」が組織を伸ばす』という書籍においても、中川大佐の行動について「良い命令違反」の事例(大本営の指導する非効率的な戦術に反して、本土決戦を遅らせるという本来の戦略を理解したうえで、徹底的に効率的な戦術を柔軟に採用)として紹介されています。

*12:上記の脚注*9でも紹介した『戦略的思考とは何か』という書籍においても、同様の趣旨の厳しい批判がなされていますので、参考までにご紹介します。「硫黄島や沖縄での勇戦も、数々の特攻隊も戦争の大きな流れからみれば無益のことでした。むしろ本土決戦をした場合の犠牲の大きさを米国に印象づけ、原爆の使用やソ連の参戦を早めた効果さえありました。元の戦略が悪いと、戦術的に善く戦えば戦うほど結果が裏目に出ることもあるという例です。(p245)」「死んだ人がその場で立派だったということと、戦略がよかったということとはまったくの別問題で、あれでよかったなどとはとうてい言えません。むしろそういう立派な人をムダに死なせた戦略の責任者こそ愧死すべきです。兵隊の生命を大事にしない軍隊は長く戦えません。国民の愛国心や個人の死生観に頼るのにも限度があります。太平洋戦争のようにあんなに人命を軽く扱っては、明治以来営々として培ってきた愛国心の泉が、戦後はまったく涸れ果てたようになってしまったのも、理由のないことではなかったのでしょう。(p246)」

『CFO 最先端を行く経営管理』

最近、中央経済社より刊行された『CFO 最先端を行く経営管理』という書籍を読みました。経理マンにとっても有益な内容が多数含まれていましたので、ご紹介したいと思います。

この本は昆政彦氏、大矢俊樹氏、石橋善一郎氏の3名の著者による共著ですが、うち2名(大矢氏、石橋氏)は、以前に読んだ『CFOの履歴書』(中央経済社)という本でも自らのキャリアを紹介されていた方であり、それもあって当書を手に取りました。『CFOの履歴書』はCFOキャリアを歩まれた10名のキャリアが詳しく紹介されている書籍であり、財務・経理職に携わる方のキャリアを考えるうえでおススメです。

さて、この『CFO 最先端を行く経営管理』では、CFO(Chief Financial Officer)の役割と、外資系企業ではおなじみだが日本ではあまり聞きなれないFP&A(Financial Planning and Analysis)の役割を中心に、日本企業との対比や豊富な事例、時にはアカデミックな知見を交えながら、米国企業における経営管理手法が説明されています。

著者の3名はいずれもCFOキャリアを歩まれた実務家であるとともに、現在では大学教員をされている方も含まれているため、実務とアカデミアの両方の知見が取り入れられた良書になっていると思います。特に、コラム的な事例紹介として、著者が勤務していた外資系企業における経営管理の手法等がかなり具体的に紹介されており、これを読むだけでも十分価値があると思います。

タイトルからすると、大学教授の書いた実務には直接役に立たない学術書のように思われるかもしれませんが、そんなことはまったくありません。以下では、(経理マンとして)特に参考になりそうな個所をご紹介したいと思います。

FP&A組織とは何か

FP&Aについて、私はもともと管理会計部門といった程度の認識しかありませんでしたが、当書の第1章では以下のように紹介されています。

1980年後半から米国各企業では、コントローラー*1の職務を事業部支援に傾斜して戦略的チームであるFP&A(Financial Planning and Analysis)と外部報告の財務会計を取り仕切る経理部に分割された。そして、トレジャリー(財務部)、FP&A、経理部に新たに加わったIR部や税務部をまとめて管轄するCFOの職務が誕生した。(p24)

書籍を読み進めると、著者の一人が勤務していた米インテル社の事例が紹介されています。

インテルCFO組織は…(中略)…コントローラー部門とトレジャリー部門(財務部門)に分かれる。コントローラー部門の中に財務会計を担当する組織と経営管理を担当するFP&Aと呼ばれる2つの組織がある。FP&A組織は、本社に本社コントローラーを置き、事業部制組織では事業部に、職能別組織では工場や営業所などの職能部門に事業部コントローラーを配置する。

 

事業部コントローラーを事業部長と本社CFOの両方にマトリックスでレポートさせることで、事業管理における組織の全体最適を図る。FP&A組織がCFO組織の中心にある。FP&A組織は、経営指標の実績値や予測値を適時に補足するために、業績報告書やバランスト・スコアカード等のツールを開発し、事業部長の「ビジネスパートナー」として意思決定に至る定例会議を運営し、全体最適となる意思決定を推進する役割を果たす。

 

グローバル企業ではFP&A組織は経理組織、財務組織と並ぶCFO組織の柱であり、経理社員、財務社員と同様にFP&A社員としての養成が行われている。(p114, 115)

つまりFP&A組織とは、各事業部のビジネスパートナーとして事業部長と協働するとともに、本社CFOに対しても報告を行うことで、会社戦略に基づく全体最適での経営管理を推進する組織であると考えられます。

この点、日本においては、経営管理と事業管理は別々に行われており、前者は経営企画部(戦略部)や社長室、後者は事業部内の企画課などが行っており、連携していないことが多いです。さらに、経営企画部門と財務経理部門についても、管掌役員が異なっているなど経営管理上非効率になっていることが多く、米国式の経営管理組織から学べる点は非常に多いと思いました。

CFOの役割

上記の通り、CFOにとってFP&A組織は不可欠ですが、それではCFOの役割は何か、という点について、当書では第1章において以下のように定めています*2

  • 1.企業価値の向上

    • 戦略設定と実行支援(予算・計算・M&A

    • 価値創造プロセスの推進(イノベーション経営)

  • 2.会計報告と内部統制、リスク管理

    • 決算業務、税務申告、外部受監査、内部監査

    • 内部統制、業務効率化、デジタル化

  • 3.資金管理と調達

  • 4.組織管理と企業文化のマネジメント

    • CFO組織の構築と人財育成

    • 企業文化構築:財務目標志向と不正を許さない規律

このうち、1つ目の企業価値の向上が、CFOのもっとも重要な役割となります。ここで、当書が警鐘を鳴らしているのが、Accountabilityの捉え方の取り違えです。

Accountabilityは「説明責任」のみとして理解していないだろうか。説明責任だけであれば、財務報告書を作成し、目標達成ができなかった場合には、その原因や事実を説明できれば責任は果たしたことになる。Accountabilityには、「執行責任」のみならず「結果責任」の意味もある。したがって、Accountingとは、目標必達のために使われるツールであり、CFOには「結果責任」も伴う

 

できないこと自体が問題となるので、できなかったことを論理的に事実に基づいて説明したとしても責任を全うしたことにはならないCFOが意識すべきことは、全面的に事業責任を負う社長に寄り添って経営の舵を取る以上、「説明責任」だけにとどまることは許されないことであり、「執行責任」を共有しなければ社長からの参謀としての信頼を得ることはできないだろう。したがって、会計ツールを使う目的はいかにして財務目標を達成することができるのかを考えるためであり、このことがCFOの一番重要な役割である企業価値向上の基本である。(p26, 27)

日本においては、単に「財務経理担当役員=CFO」と思われているフシもありますが、真のCFOはさらに幅広い領域を管掌するとともに、積極的に経営の結果責任にコミットし、経営管理を実践するためFP&A組織をフル活用する、そんなCFOこそが求められていると理解しました。

今後の経理部門に求められる役割

当書では、CFO組織管理に触れつつ、今後の経理部門に求められるスキルについても述べられています。

今まで経理・財務部門ではテクニカル・スキルが非常に重視されてきたが、これからは、事業部の人を動かす影響力が重視されるので、コミュニケーション力を含めたヒューマン・スキルのカテゴリーへシフトする。さらに、戦略パートナーとなる必要性から、FP&Aの上位責任者やCFOは、コンセプチュアル・スキルが最も重視されるスキルカテゴリーとなる。

 

特に、現実を的確に理解し、当事者意識をもって説得力のあるコミュニケーションが取れること、さらには、課題に対して当事者意識をもって対応するためのプロジェクトマネジメントスキルも必須である。(p95)

 

より経営判断を生かすようにするためには、過去ではなく将来の差異分析に対してアクションを立てるべきであり、将来の予測を決める能力が求められる。歴史概念の会計手法では、確定事象を見つけ出して数字を当てはめる能力が問われてきた。しかし、今後は未確定で不確実な世界での予測数字確定能力が問われてくる。このスキルは、今まで経理マンが追い求めてきたスキルとは全く異なるもので、IoT時代においても依然として人間が執り行うべき職務の中心となろう。(p160)

経理マンはこれまではアカウンティング・スペシャリストとして、深い会計知識と、高い簿記のスキルといったハードスキルがあれば、一人前だと考えられていたと思います。そして、過去の固まった数値から財務報告を作成する仕事が主であるため、どうしても過去志向になってしまう傾向がありました。

これからは、経理マンであっても、ファイナンスの要素も取り入れた未来志向の経営管理*3や、実際に事業部の人を動かして成果を出すコミュニケーション力*4などのソフトスキル、そういった方向性を意識しておくことが必要であるように思います。

上記のような内容は、この本に限らず、様々なところで指摘されていることですが、日々の業務においても意識して付加価値の高い経理マンを目指したいですね。

おわりに

以上は、『CFO 最先端を行く経営管理』に書かれている内容のごく一部について、概要を紹介したものです。もし興味のあるテーマがありそうでしたら、是非一度手に取ってご覧いただくことをおススメします。

*1:米国において、「コントローラーは、トレジャラーとともに経理・財務の基点で経営に加わり、戦略のPDCAを回す社長の右腕として経営陣の中でも重要なポジションとして位置付けられ」たものであり、「管理会計論は、コントローラーを養成するための会計教育を展開しようとする努力の中から展開されたもの」とされています。(p23)

*2:各項目の詳細については、続く第2章~第5章にて述べられています。

*3:本書では、これからの経営管理は、従来の予実分析(予算と実績の差異分析)から、予予分析(予算と予測の差異分析)に主軸を移し、予測精度を高めることが重要であると説いています。正確な予測に基づいて、全社の資源配分の見直しなど必要な是正措置の提案・実行を迅速に行い、経営効率を高めることが目的となります。

*4:たとえば、予算管理の最も重要な機能は「戦略の伝達機能」であり、予算の機能を十分に活用するためには、CFOやFP&Aは数字でストーリーを語るべくコミュニケーション能力を高める必要があるとされています。(p157)

わかりやすい税効果会計


この記事は主に以下の方に向けて書かれています。

  • 税効果会計の名前は知っているが、正直なところ、内容が良く分かっていない方(簿記2級~3級程度の方を想定)

この記事には以下の内容が書かれています。

  • 実務上知っておく必要がある、税効果会計のざっくりとしたイメージ

はじめに

税効果会計とは一言でいうと税務と会計のズレを調整する会計です。とは言え、難解なイメージがあり、経理スタッフにわかりやすく説明するのも一苦労ですよね。

私自身、先日同じような説明をする機会がありましたので、この記事では、実務上最低限知っておくと良いことをまとめてみたいと思います。

税効果会計の最低限の知識

税効果会計とは、税務と会計のズレ、つまり「会計上の簿価」と「税務上の簿価」の差額を調整する会計です。

具体的にいうと、「会計上の簿価」と「税務上の簿価」との間に差異がある場合、その差額が小さくなるように、差額×実効税率の金額を、会計上の資産または負債として計上します。この会計上の資産を繰延税金資産(Deferred tax asset、略してDTA)、会計上の負債を繰延税金負債(Deferred tax liability、略してDTL)といいます。

「税務上の簿価」とは聞きなれない言葉かもしれませんが、会計上の費用と税務上の費用(損金)が必ずしも一致しないため、会計上の簿価と税務上の簿価が異なるケースがあるのです*1

簡単な具体例を挙げましょう。ある固定資産を500で購入し、会計上減価償却費を400計上します。しかし、税務上はそのうち300しか費用(損金)として認められないとします。このとき、会計上の簿価は100(=500-400)、税務上の簿価は200(=500-300)となり、ズレが発生します。

ここで、税効果会計を適用すると、差額の100に実効税率(ここでは30%とします)を乗じた30を調整することになります。今回は、会計上の簿価が税務上の簿価よりも小さいので、この差額を小さくするため、会計上の資産、すなわち繰延税金資産(DTA)を30計上することになります。

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もし、会計上の簿価と税務上の簿価とが逆だった場合は、繰延税金負債(DTL)を計上します*2

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以上が理解できれば、実務上の最低限の知識としては十分です。会計と税務のズレが小さくなるように、差額に実効税率を掛けた分だけ、DTAもしくはDTLを計上して調整する、というイメージを覚えましょう。

税効果会計の必要性

なぜ、上記のような調整をする必要があるのでしょうか。それは、この差異が解消する場面を考えるとわかります。たとえば、上記の資産を400で売却することを考えましょう。

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会計上の簿価が100、税務上の簿価が200のものを400で売却すると、会計上の利益は300になります。しかし、税務上の利益(税法の言葉では、所得といいます)は200です。実際に支払う法人税等の税額は、税務上の所得×実効税率となりますので、実効税率を30%とすると、この取引によって支払う法人税等は200×30%=60となります。

会計上の利益は300なので、単純にこれに税率を掛けると90(=300×30%)ですが、実際の支払いは60で良い。つまり、支払う税額が30減っているわけです。このように、会計上と税務上のズレには、将来の支払い税額を減らす効果があり、この「将来の支払い税額を減少させる効果」を、繰延税金資産(DTA)として会計上資産計上するのが、税効果会計なのです*3

もちろん、会計上の簿価と税務上の簿価とが逆だった場合も同様に考えることができます。つまり、「将来の支払い税額を増加させる効果」がある場合には、繰延税金負債(DTL)を計上します。

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避けては通れない繰延税金資産の回収可能性

上記で述べたように、税効果会計によって計上される繰延税金資産(DTA)の正体は、将来の法人税等の支払い税額を減らす効果のことでした。

したがって、赤字の会社など、そもそも法人税を払っていないような会社の場合、減らすべき税額がないため、繰延税金資産(DTA)を計上できないことになります。これを「繰延税金資産の回収可能性がない」と表現します*4

たまに、業績の悪くなった会社が、繰延税金資産を取り崩して、最終損益が大幅に悪化、というような記事を見ることがありますが、このように業績が悪化して将来の見込支払い税額が減少すると、減額できる税金も減少するため、繰延税金資産を取り崩す必要が出てきます。繰延税金資産も会計上の資産であり、これを取り崩すとPLの費用が発生しますので*5、業績が悪化するというわけです。

また、繰延税金資産(DTA)は将来の支払い税額を減らす効果ですので、将来の実効税率を用いて計算します。そうすると、税制改正によって将来の税率が引き下げられると、繰延税金資産(DTA)も小さくなってしまいます。そのため、税制改正によって法人税率が下がると、繰延税金資産(DTA)の取り崩しが生じるため、業績が悪化する、という一見矛盾した事態が起こります。これは、一般の人には非常に理解しにくい、会計上のテクニカルな現象ですが、ここまで理解できれば、税効果会計は十分理解できていると言って良いと思います。

それでも分かりにくい繰延税金負債を理解する

実務では繰延税金資産(DTA)の方が良く登場します。それは一般的に、「会計上の簿価<税務上の簿価」となるケースの方が圧倒的に多いからです。また、繰延税金資産の回収可能性も、会計上はよく論点となります。そのため、逆に繰延税金負債(DTL)についてはあまりイメージが湧かない、という方もいるでしょう。

確かに、繰延税金負債(DTL)は一見とっつきにくいですが、個人の取引で考えればとても簡単な概念ですので、以下に簡単に説明します。

たとえば、あなたが個人で100円の株を購入したとします。このとき、(他に持っている資産を無視すると)BSは以下の通りです。

勘定科目 金額 勘定科目 金額
有価証券 100 純資産 100

その後、しばらく経ってから時価を見てみると、120円に値上がりしていたとします。このとき、BS・PLを作ると、以下のようになります。

勘定科目 金額 勘定科目 金額
有価証券 120 純資産 120
勘定科目 金額
有価証券評価益 20
利益 20

つまり、純資産は100円から120円に増え、20円の利益を得たことになります。これは正しいでしょうか?

実際におカネが必要になって、株式を現金化することを考えてみます。この株式を売却すると、所得税法上の譲渡所得が20発生し、所得税部分が源泉徴収されます*6。このときの税率を20%とすると、実際に手元に残るお金は、120-20×20%=116円となり、120円は手に入りません。それなのに、BSの純資産が120円なのはおかしくないでしょうか?

そこで、税効果会計の出番となります。税効果会計を適用すると、BS・PLは以下のようになります。

勘定科目 金額 勘定科目 金額
有価証券 120 繰延税金負債 4
純資産 116
勘定科目 金額
有価証券評価益 20
法人税等調整額 △4
利益 16

以上のように、税効果会計を適用することで、税金を考慮した、本当の意味での自分の純資産を表示することができます。個人の資産管理においても、税効果を考慮して繰延税金負債(DTL)を計上しないと、換金できると思っていた金額が思いのほか小さくなってしまい、もしかすると大変なことになるかもしれません。

このように、個人の資産管理において、繰延税金負債(DTL)は非常に有用な考え方であり、こう考えると、繰延税金負債自体のイメージもよく分かるかと思います。

*1:会計上の費用を無制限に税務上の費用(損金)として認めてしまうと、税金を減らすことを目的に過大に費用計上が行われるおそれがあるため、法人税法上、費用計上(税法の言葉でいうと、損金算入)の制限を設けています。

*2:一般には、税法上損金算入が認められない結果、繰延税金資産が計上されるケースの方が多いです。繰延税金負債が出てくるのは、会計上の簿価が税務上の簿価よりも高くなるレアなケースであり、その他有価証券の時価評価(取得時よりも時価が上がると、会計>税務となる)、有形固定資産として計上する資産除去債務(税務上はこのような資産を計上しないため、会計>税務となる)、税務上の圧縮記帳を行う場合(税務上の簿価だけを小さくするため、会計>税務となる)、といった限られた場面と考えておいて良いでしょう。

*3:実は、税効果会計には、繰延法と資産負債法の二つの考え方があり、これは資産負債法の考え方になります。会計基準も、(連結税効果の一部を除き)資産負債法の考え方を採用しています。

*4:逆に、繰延税金負債(DTL)は将来の支払い税額を増やす効果なので、業績の良し悪しにかかわらず計上が必要となりますので、注意してください。

*5:法人税等調整額、という費用科目を用います。なお、その他有価証券に係る税効果など、PLを通さずに調整する科目もあります。

*6:NISAなど非課税となる特例は考えないことにします。

経理部において在宅勤務は可能か?


この記事は主に以下の方に向けて書かれています。

  • 他の会社の危機対応状況を知りたい経理マンの方
  • 経理部でなぜ在宅勤務が難しいのかを知りたい方

この記事には以下の内容が書かれています。

  • 経理業務は紙文化であり、経理部で完全な在宅勤務を行うのは一般的にかなり難しいものの、決算業務が終わった後の管理資料作成等の業務であれば、在宅勤務も可能であると思われます。
  • 法人税法上、請求書等の書類は原則として紙で保存することが求められています。所定の手続きを行うことでペーパーレス化することも可能ですが、事前に準備が必要であり、今からでは新型コロナ対応としては間に合いません。
  • 経理部の行う業務は、社会に資金を還流させるための社会のインフラであり、重要な役割を果たしています。

はじめに

昨今の新型コロナ(COVID-19)対応で、原則として在宅勤務を行うことが要請されています。昨日4月12日にも、政府より「出勤者を最低7割減らす」ことが要請されました。

これらの要請を受けて、経理部でも否応なく在宅勤務の検討を行うことになると思いますが、果たして経理マンにとって在宅勤務は可能でしょうか?この機会に少し考えてみたいと思います。

結論としては、既にペーパーレス化を導入しているなど、事前に入念に準備していた場合を除き、完全に在宅勤務にするのは難しいように思います。

経理で在宅勤務が難しい理由は、紙文化であること

経理部で在宅勤務が難しいのは、一言で言えば紙の書類が多いことが要因です。

いまだに会社に到着する請求書の大部分は紙ベースです。記帳や支払処理を進めるには、請求書以外に発注書や納品書など、取引内容が確認できる証票が必要ですが、これらはほとんどが紙ですので、結局紙の資料が大量に経理部に回付されることになります。

「請求書なんて全部スキャンしてpdfにしてしまえばいいじゃないか」という声もよく聞きますが、そうはいきません。法人税法上、これらの書類は原則として紙で数年間保存しなければならないからです*1。詳しく知りたい方は、下記の国税庁のHPをご覧ください。

www.nta.go.jp

実務的には、一時的な代替措置として、スキャンしたpdfファイルを一旦送付してもらって決算処理を進めて、後から税務対策のために原本に差し替える、という方法も有り得ます。しかし、手間が二重になって効率性が相当落ちますし、そもそも誰がスキャンするのかという問題もあります。

ちなみに、電子帳簿保存法という法律があり、請求書等について、原本による保存によらず、スキャナ読取りの電磁的記録による保存*2とすることも可能です。しかし、上記の国税庁HPにも記載の通り、会社の勝手な判断で行うことはできず、開始する日の3か月前までに所轄税務署長に対して申請書を提出し、承認を受けることが必要ですので、今回の新型コロナ対応ですぐにペーパーレスにする、というのは事実上不可能です。

逆に、真実性・可視性を確保するための社内のルールの整備やシステム投資などを行ったうえで、税務署へ申請を行い承認を受けることにより、すでにペーパーレスの経理業務が実現していれば、経理部の完全な在宅勤務も不可能ではないと言えます。

経理の在宅勤務を阻むその他の要因

法律の定めによる等の絶対的な理由ではないものの、他にも経理部で在宅勤務が難しい要因はいくつか考えられます。

紙資料でないとチェックが難しい

前述の通り、経理部においては紙文化が浸透していることが多いですが、実際、紙で見るほうがチェックしやすいという現実もあります。経理に限らず、たとえば稟議書やプレゼン資料などであっても、画面上だけでチェックするより、紙に打ち出したほうがミスを発見しやすい、という経験は多くの人にあるのではないかと思います*3

たとえば、大量の請求書と支払予定データを突き合わせて、金額や支払先口座のチェックを行う、といった支払承認の作業は、紙ベースで行いチェック証跡を残していくことが効率的でしょう。なお、これは単純な突合作業とは言え、請求書のフォームが多種多様であるため、少なくとも現時点では、AI(人工知能)を導入すれば解消できる、というわけではありません。

経理業務のAIによる代替可能性について興味がある方は、以下の記事をご覧ください。

keiri.hatenablog.jp

決算業務はチームプレイであり、豊富なコミュニケーションが求められる

決算業務は多数のタスクから構成されますので、タスクを分割して個々のメンバーに割り振って(アサインして)作業を進めることになります。このとき、個々のタスクが独立しており、横のメンバー間の連携があまり必要でなければ良いのですが、決算業務では多くの場合、複数のタスクはそれぞれ緊密に関係し合っています。

まず、あるタスクが終わらなければ次のタスクが行えない、という状況がほとんどです*4。何らかの要因によって、一つのタスクの完了が遅延すると、後続処理の遅延につながり、結果として決算業務全体の遅延につながる可能性があります。よって、マネジャーは常に各メンバーの進捗に目を配り、ボトルネックを発見したら、必要に応じてアサインを柔軟に組み替えて、全体最適で決算作業をスケジュール通りに行うことが求められます。先日、タスクのアサインを最適化するプログラムをこちらのエントリーで公開しましたが、実際にはアサインを流動的に見直していくことが必要なのです。

また、決算処理は一つの取引が複数の勘定科目に波及することが多いです*5。よって、勘定科目ごとに担当者をアサインする場合、メンバー間の情報共有も頻繁に行う必要があります。何かルーティンと違う取引が新たに識別された場合、上長や関係するメンバーとすぐにコミュニケーションを取る必要があるのです。

以上のように、決算業務は経理部のチームプレイであり、チームメンバーが一堂に会して作業する方が、適時に(そして気軽に)コミュニケーションを取ることができ、圧倒的に効率が良いと考えられます。

ただし、これはマネジメントの問題でもあり、マネジャーが高度なマネジメントスキルを有していれば、在宅勤務でも問題なく対応可能かもしれません。

在宅で対応可能な経理業務

社用パソコンが家で使えて、VPN接続等で社内ネットワークにアクセスできることが前提にはなりますが、もちろん経理部においても、在宅で実施可能な業務は多いです。毎月の月次決算が終わった後は、社内の管理資料や開示資料等を作成することになりますが、このあたりはExcelだけで完結できる業務も多いです。よって、月初の決算作業がひと段落すれば、在宅勤務できる経理部員も増えてくるのではないかと思います。

ちなみに、主要な監査法人もいまは在宅勤務になっているようですので、監査対応も在宅で可能です。とは言え、実地棚卸への立会や現金・有価証券等の実査といった監査手続への対応は、さすがに在宅ではできません。実際、日本はともかくとして、自宅待機が強制されるような外国に海外子会社がある場合、監査を行うことができず、連結決算の監査が完了できない、という事態も想定されているようです。

なお、監査法人に提出する資料として、pdfファイルが認められず原本を提出しなければならない、だから監査対応で在宅勤務ができない、といった話をたまに聞きますが、これはケースバイケースとなります。監査人は監査リスクを判断して、会社からどのような情報を入手するべきかを決定しますので、監査リスクが低い項目に関する証憑であればpdfファイルでも構いませんが、非常に重要な契約書であればpdfファイルに加えて原本の閲覧まで要求してくる可能性もあります。

残高確認状については、いまだに社印押印済の原本至上主義がまかり通っているようですが、最近では電子確認状システムも構築され*6、少しずつ紙が減る方向に進んではいるようです。

おわりに

今回のコロナ対応で、在宅勤務が要請される中、在宅勤務が難しく、やむなく出勤している経理マンは多いのではないかと思います。私自身も週に数日はオフィスに出勤して業務を行っています。周りの部署の多くが在宅勤務の中、経理部だけが出勤して業務を行うことはストレスも溜まりますが、経理業務はある意味、社会のインフラなので止めるわけにはいかない、と考えるようにしています。

経理部が行う決算業務をベースとして、仕入先や従業員への支払いや財務諸表の開示などが行われますので、経理部が機能していることで、社会に資金が還流し、資本市場での株式取引が継続されているわけです。もちろん、医療関係者や物流関係者のように人々の生活に直接的に必要とされているわけではないですが、それでも経理部も社会のインフラであると考えて良いと思います。

今回の危機が終わった後、どれだけ在宅勤務が根付くのかはわかりませんが、これを機に効率を落とさずに在宅勤務を行うプロセスを確立することができれば、今後は在宅勤務が普及して、結果的に生産性が向上することも期待できます*7

深刻な状況の中、自らとその周りの生命を守ることが第一ではありますが、そんな状況下でも、明るい将来に向けた何かを見出せるように心がけたいと思います。

*1:なお、別の論点として、請求書を最初からpdfで発行してもらうことは可能です。その場合は、紙で打ち出して保管しておけば良いのですが、原本至上主義が相当に根強く、請求書原本の郵送を求めている経理部が多いのは事実だと思います。

*2:スキャナ保存といい、スマホ撮影も可能ですが、タイムスタンプを付与する必要があります。

*3:私自身、たとえばスタッフに役員向けの資料の作成をお願いする際には、上長に提出する前に、必ず紙で打ち出してセルフチェックするよう指導しています。

*4:ある担当者が作成した伝票を他の担当者がダブルチェックする、というのはその典型です。他にも、伝票入力が終わらないと、その先の決算整理仕訳の作成に進めない、という状況もあります。

*5:これは単純に複式簿記であるため一つの取引に複数の勘定科目が登場するということもありますし、固定資産の減損と繰延税金資産の回収可能性といった見積り関係の論点が関連するケースもあり得ます。

*6:もっとも、監査チームと会社の双方にとって使い勝手が悪く、なかなか普及はしていないようです。今後改善されていくことを期待します。

*7:今回の一斉在宅勤務のおかげで、これまで会社で仕事をしていなかった社員、会社にとって必要でない社員が炙り出される、という話も聞きます。そのような人たちにとっては、これまで以上に受難の時代が到来するかもしれません。

『マネジャーのための人材育成スキル』

最近、経理部内の後輩の育成について考える機会があり、以前購入した 大久保幸夫著『マネジャーのための人材育成スキル』(日経文庫)という本を再読してみました。

この本を読んで、以下のような育成の重要性を改めて認識しました。

  • 報連相*1の習慣を身につけさせる

  • しっかり褒めて、しっかり叱る

  • 強みと弱みを伝える

  • 少しだけ高めの目標を設定する

  • 考える習慣を身につけさせる*2

ただ、これらの方法論ももちろん有用なのですが、一番心に残ったのは、人材育成のゴールは何か、という話でした。

この本の著者は、人材育成の到達目標は「プロフェッショナルにすること」であると述べています。プロフェッショナルになれば、あとは本人が自律的にキャリアをつくり、放っておいても成長を継続できるようになるから、とのことです。あまり人材育成のゴールについて考えたことがありませんでしたが、非常に納得感がありました。

この本では、プロフェッショナルを、以下の要件を満たす人であると定義しています。

  • 専門的な知識(わかる)と技術(できる)を兼ね備えた人

    • 専門知識:社会一般で通用する公式の知識を体系的に理解し、説明できる

    • 技術:実践的な技術であり再現性がある

  • 高度な職業意識(プロフェッショナリズム)を持った人

    • 自律と自己責任:やり方は自分で決める、その代わり責任を持つ

    • 利他性:個人の満足と他者の利益のために最高品質を追求する

    • 職業倫理:やるべきこととやってはいけないことを明確に知り、厳格に守る

    • 継続学習:常に最先端の専門知識を吸収し続ける向上心に終わりがない

私が所属する経理部において、専門知識や技術の指導は日常的に行われていますが、職業意識(プロフェッショナリズム)についてはなかなか指導が難しいと感じました。

もちろん、難しくて分からない論点をごまかす、いい加減な数値の集計を行う、といったことは職業倫理の観点から(そもそも社会人としても)論外ですが、最低レベルをクリアしているスタッフを、さらにレベルを引き上げて高いプロフェッショナリズムを身につけてもらうとなると、折に触れてこういった話をして、自ら考えてもらうよう仕向けるしかないのかもしれません。

*1:日本の職場において、安心して上司が部下に仕事を任せるための行動習慣であり、管理する一方で、自由にやらせるための方法でもあります。逆に欧米では受け入れられていない考え方のようであり、グローバルな行動習慣ではない点に留意が必要です。

*2:具体的には「あなたはどう思うのか」と尋ね、尋ねた以上は、最後まで耳を傾けて聞き切る覚悟を決めます。これにより、部下の論理的思考力が養われます。

経理マンがKaggleに登録してみた

この連休中に、以前から興味があったKaggleに今更ながら登録してみましたので、記録として記事を書きます。

Kaggleとは、データ解析コンペティションを開催している英語サイトであり、2017年にGoogle(の持株会社であるAlphabet社)に買収されています。コンペがメインですが、世界中の優秀なデータサイエンティストが公開しているNotebookを閲覧したり、ディスカッションに参加したりすることで、最先端のデータサイエンスの英知にアクセスすることができます。

www.kaggle.com

Kaggleの登録

Kaggleの登録は、Kaggleのサイトから誰でも無料で簡単に行えます。以下のサイトが参考になります。

aizine.ai

Kaggle参加者には以下の5つのランクがあります。Grandmasterは日本に10人程度(世界でも百数十人程度)しかいないといわれる最高ランク、Masterも上位ランカーとして尊敬を集めるようなステータスです。実際、Grandmasterの方はもちろん、Masterの方も書籍を出版されたりしています。

  • Novice

  • Contributor

  • Expert

  • Master

  • Grandmaster

登録した時点では誰もがNovice(初心者)ですが、以下の決められた行為を実施すれば、誰でもすぐにContributorにランクアップできます。せっかくなので、登録したらすぐにContributorになっておくと良いと思います*1。これで、あと2回ランクを上げれば、すぐにMasterになれそうです。(大嘘)

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Kaggle登録後のNext step

Kaggleは、私のような門外漢の初心者にはかなりハードルが高いイメージがありましたが、最近は日本語での初心者向け情報も充実してきました。

たとえば以下のサイトが参考になります。私も、この記事を参考に、これからKaggleでの学習を進めてみたいと思います。

qiita.com

なお、上記のサイトの著者による書籍が最近出版されたようです。さらに、この本を卒業した後は、こちらのKaggle本で学ぶのが良いようです。

このように、先人たちが日本語での情報をどんどん公開してくれているのは、初心者にとってありがたいことです。感謝の気持ちを忘れないようにしたいですね。

Kaggleの学習コンテンツ

Kaggleの中にも、Faster Data Science Educationと題した、無料で学べる簡単な学習コンテンツ(micro-courses)があります*2

About Kaggle Learn

These micro-courses are the single fastest way to gain the skills you'll need to do independent data science projects.

We pare down complex topics to their key practical components, so you gain usable skills in a few hours (instead of weeks or months).

全て英語ではありますが、かなり幅広い領域がコンパクトにまとまっている印象であり、私のような初心者には参考になると思いますので、以下にコースの概要を紹介したいと思います。

  • Python: Learn the most important language for data science.

  • Intro to Machine Learning: Learn the core ideas in machine learning, and build your first models.

  • Intermediate Machine Learning: Learn to handle missing values, non-numeric values, data leakage and more. Your models will be more accurate and useful.

  • Data Visualization: Make great data visualizations. A great way to see the power of coding!

  • Pandas: Solve short hands-on challenges to perfect your data manipulation skills.

  • Feature Engineering: Discover the most effective way to improve your models.

  • Deep Learning: Use TensorFlow to take machine learning to the next level. Your new skills will amaze you.

  • Intro to SQL: Learn SQL for working with databases, using Google BigQuery to scale to massive datasets.

  • Advanced SQL: Take your SQL skills to the next level.

  • Geospatial Analysis: Create interactive maps, and discover patterns in geospatial data.

  • Microchallenges: Solve ultra-short challenges to build and test your skill.

  • Machine Learning Explainability: Extract human-understandable insights from any machine learning model.

  • Natural Language Processing: Distinguish yourself by learning to work with text data.

  • Intro to Game AI and Reinforcement Learning: Build your own video game bots, using classic algorithms and cutting-edge techniques.

*1:一見すると要件が多いようですが、一定のプロフィールを入力したうえで、上記のサイトの流れにしたがってデータ提出を体験すれば、ほとんどの項目をクリアできます。

*2:Kaggleのメニューの中からCoursesを選択します。