経理マンとしての幅を広げるには


この記事は主に以下の方に向けて書かれています。

  • 多忙な日々を送っており、仕事は充実しているものの、このまま今の仕事のやり方を続けていていいのか、と考える経理マンや会計士の方

この記事には以下の内容が書かれています。

  • 経理マンは、少なくとも自分の会社の業務分野で重要となる会計基準については深く理解し、会計士とも対等以上に議論できるようになることを目指す必要があります

  • 経理マンや会計士は、自分は「会計の専門家」であるとして、その殻に閉じこもってしまう傾向にあるのではないか、と問題提起しています

  • 経理マンや会計士もビジネスマンであり、会計の専門性の枠に閉じこもっているだけでなく、ビジネスの世界において必須となるロジカル・シンキング等のスキルに加え、ファイナンス、経営戦略、マーケティング等の「MBA的知識」についても学習を深めて、自らの幅を広げていくべきであると考えています


私は上場企業の経理マンとして日々経理業務、具体的には月次決算・開示や税務、予算管理等の業務を行っています。しかし、このまま経理業務だけを行っていて良いのか、もっと業務の幅や視野を広げていくべきではないか、そんなことを考えることもあり、最近考えていることを少し書いてみたいと思います。

なお、以下の記述は、上場企業の経理マンや、非上場であっても監査法人による会計監査を受けている会社の経理マンを想定している点にご留意ください。また、監査法人に勤務している会計士にも、ある程度同じ話が当てはまると思いますので、経理マンを会計士に置き換えて読んでいただいても良いと思います。

経理マンとして自立する最低条件は必要十分な会計知識

経理マンの本分は、もちろん経理業務ですので、まずは自社の経理業務に精通することが必要になります。少なくとも自分の会社の業務分野で重要となる会計基準については深く理解し、会計士とも対等以上に議論できるようになることを目指す必要があります*1

たとえば多額の固定資産を有しているメーカーであれば固定資産の会計基準、収益認識のタイミングが難しいIT・サービス業であれば収益認識の会計基準、株式やデリバティブなど多数の金融商品保有している会社であれば金融商品会計基準等、それぞれの会社にとって重要な会計基準に精通している必要があるでしょう。逆に、自社に直接関係しない領域については、広く浅く知っておけば十分であると思います*2

また、税効果会計など、どの業界であっても必要となる、テクニカルな会計基準についても勉強することが必要です。

まだそのレベルに達していないという場合は、まずは実務を通じた会計の深い理解によって、経理マンとしての専門性を磨くことが必要であり、当面は経理マンとして目の前の業務に集中することで問題ないと思います。

経理マンは会計の世界だけに閉じこもっていてよいのか

さて、それでは経理マンは会計だけに精通していれば、それで十分なのでしょうか。このようなことを最近改めて考えたきっかけは、以前に読んだ、山本真司著『実力派たちの成長戦略』(PHP研究所)という書籍を久々に読み返したことでした。

当書では、「ミドルの症例診断」としていくつかの症状が紹介されているのですが、その中に「プロ意識過剰症」という症状が挙げられています。多くの経理マンにとって非常に示唆に富む指摘だと思いましたので、「プロ意識過剰症」について当書より少し引用したいと思います。

自分の与えられる分野でプロの仕事をしようという意欲は、猛烈に強い。自分の仕事に誇りも持っているし、誇れるだけの実績もある。…(中略)…一緒に働く仲間のために、必死で働いている。同僚からの人望もある。自分の仕事の分野に限れば、素晴らしいビジョンも語ってくれる。そういったビジョンを熱く語る姿につい引き込まれる。一見素晴らしいプロ根性の塊のように見える。

この文章を読んで、このようなプロ意識の高い経理マンは結構いるように思いました。しかしながら、著者はこのようなタイプの人物をあまり評価しないといいます。なぜでしょうか。続けて引用します。

仕事の担当の領分を超えた広い視野、高い視座で考えた絵姿が彼らの口からは語られない。…(中略)…もっと大胆で、夢のある未来を見せてもらえない。

 

自分の仕事に対するプロ意識が強すぎて、目線が内側に向いて、小さくまとまっているのも問題だ。…(中略)…主に自分の経験だけに依拠して、その部門でしか通じない方言でしゃべる。…(中略)…その隔離されたムラの言葉で語られる主張は、外の人間にとっては迫力も説得力もない。

著者はもちろん経理マンのみを念頭にこのような記述をしているわけではありません。しかし、この指摘は、典型的な中堅~ベテラン経理マンにも当てはまる可能性が高いように思いましたが、どうでしょうか。私はまだまだベテランと言えるほど経理業務経験があるわけではありませんが、それでも自らを振り返った時に、とても厳しい指摘であると感じました。

著者はこの「プロ意識過剰症」に対して以下のようにアドバイスしています。

是非、こういう人には、大きく目を開き、世の中を勉強してほしい。自分の殻を意識的に破ってほしい。そしてビジョナリー・プロフェッショナルを目指して、自分の立場を超えた大きなビジョンを描いてほしい。

 

プロ意識過剰症の方々には、あなたが社長なら何をなし遂げたいかという夢、時代はどう動くかという大局観、そしてその中でどう差別化し、戦っていくかを考え尽くした「あるべき姿、ビジョン」構築に是非トライしてほしい。

経理マンからのステップアップを目指すには

経理マンもビジネスマンである

経理マンは、その専門知識を突き詰めていくと、どうしても「プロ意識過剰症」に陥りがちになるのではないか、そんな気がしています。自分は「会計の専門家」であるとして、その殻に閉じこもってしまう傾向にあります

それは「経理マンもビジネスマンである」という基本的な事項が忘れられているからではないでしょうか*3。会計の専門知識を深めることはもちろん重要ですが、それと並んで、ビジネスマンとしての能力を合わせて高めていく、この当たり前のことをいま一度考える必要があると思います。

以下、具体的な内容について、現時点で私が考えていることを書いてみたいと思います。

ビジネスマンとしての基礎能力の確認

ビジネスにおいて基礎的なスキルとされる、MECEロジックツリーに代表されるロジカル・シンキング、そして仮説思考ゼロベース思考といった思考方法は、会計数値を分析して経営に報告する義務を負う経理マンであっても必要とされるスキルです。しかし、コンサルティング会社での勤務経験や、企業の戦略部門でそれに似た経験を積んだ人でない限り、なかなかこれらが自信をもって身に付いているといえる人は少ないのではないでしょうか*4

もしそうであるならば、経理マンも今一度初歩的な教科書などに立ち返って、自らの基本的なビジネススキルを確認するところから始める必要があると考えています*5

ファイナンス理論の一定の理解は必須

経理マンとしてステップアップを目指す場合、まずは会計に隣接する領域であるファイナンス理論について、理解を深めるのが良いと考えています。主な理由を3つ挙げたいと思います。

まず1点目としては、現代の会計基準にはファイナンスの考え方が深く入り込んでいることが挙げられます。減損会計や退職給付会計等における、割引率を設定して将来キャッシュ・フローを割り引く、という操作は、経理マンにとってもおなじみですが、機械的な操作に習熟するだけではなく、その背後にあるファイナンスの考え方を理解しておくことは有用だと思います。

次に2点目として、近年の財務報告(特にIFRS)は、企業価値の算定に役立つ情報の提供が目的となっており、企業価値の算定はファイナンス理論に基づいて行われることが挙げられます(この点について興味のある方は、こちらのエントリーを合わせてご覧ください)。決算・開示業務に代表される財務会計に携わる経理マンにとって、企業価値評価を行う投資家にどのような情報ニーズがあるのかを理解することは重要であり、開示における「重要性」を判断するにあたっての根本的な判断基準にもなります。

最後に3点目として、これが一番重要だと思いますが、ファイナンス理論というのは、主に会計数値を用いた定量的な評価や意思決定を行うためのツールです。会計数値に最も精通している経理マンが、この便利なツールを使わない手はありません。たとえば、ファイナンス理論に基づく企業価値創造のドライバー*6が何かを学ぶことにより、自社の企業価値創造に向けた経営の意思決定のサポートを行うことができるかもしれません*7

経営に必要となる知識の習得

経理マンとしてステップアップを目指すのであれば、経営戦略やマーケティングなどの経営に必要となる知識も欠かせません*8。これらは経理業務にあたって直接必要となる知識ではないようにも思えますが、なぜ必要なのでしょうか。

この点、会計と経営戦略の領域が分断していることを批判し、統合して学習すること目指している、大津広一著『会計力と戦略思考力<新版>』(日本経済新聞出版)の指摘が参考になるので、一部引用します。

決算書を分析する者に最終的に求められるのは、数値が大きいとか小さいといった事実を表現することではない。戦略がどう数値として現れているか現れていないかを認識した上で、経営戦略が正しいか否かの判断をすることとなる。それは決して会計の数値からだけでできることではない。業界の競争環境を理解し、これから起きるであろう事態を予測し、その中で自社がどこで競争優位性を発揮することができるのか。定性的な経営環境と定量的な評価、総合的な判断、そして意思決定が望まれてくる。(p236)

経理マンにとって最も重要な業務は決算書を作ることですが、個人的な経験からすると、決算書をどうやって活用するか、また活用されているかについては無頓着なケースが多いように思います*9決算書を作るというミクロの作業に夢中になるあまり、大枠で決算書を分析するという、マクロの視点がどうしても欠けてしまうのかもしれません。

もちろん経理マンは決算書の分析を行いますが、機械的な前年同期比や前月対比、予実対比の分析に終始しているケースが多いです。分析は自身の興味の赴くままに行うのではなく、経営の意思決定に有用でないと意味がありません*10経理として経営に貢献するような分析を行うことを念頭におくと、(ファイナンス理論の理解を前提として)やはり経営戦略やマーケティングの理解は避けては通れないと思います。

ただし、「生兵法は大怪我のもと」と言いますので、基礎的な事項を基本書でしっかり学んだうえで、いきなりその知識を振りかざすのではなく、自らの分析実務にフレームワークを適用する経験を積むことで、少しずつ身につけていく必要があると考えています。

おわりに

私自身は読書家というほど本を読むわけではありませんが、興味のある本を中心に年に30~50冊程度の本を読んでいます。もちろんビジネス書に限らず、歴史や哲学、科学技術等に関する本も含みます。ただし、これは深く読むというよりは、さらっと軽く読書をしているイメージです。

一応読書はしているので、上で挙げたようなロジカル・シンキングや経営戦略、マーケティングについても、何となく上っ面のことは知っていますが、これまでビジネスにおける基本書をじっくりと腰を据えて読んで自分のものにする、といった学習はしてきませんでした。本来は20代のうちに一度学習しておくべきだったかもしれませんが、30代半ばとなったこのタイミングで、これまでの実務経験とリンクさせる形で、きちんと身につけておきたいと考えています。

なお、具体的に何を読むべきかについては、大きな書店やAmazonで探す方法が考えられますが、それも面倒な場合は、山口周著『外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術』(KADOKAWA)という本が参考になります。

当書では、『これだけ読めばいい!「ビジネス書マンダラ」』として、①経営戦略、②マーケティング、③財務・会計、④組織、⑤リーダーシップ、⑥意思決定、⑦ゼネラルマネジメント、⑧その他(経済学/心理学/社会学等)の8つの領域について、本当に読むべきビジネス書として、古典を中心に計71冊が紹介されています。それも、全領域共通の必読書、そして各領域の基本・応用の計3つの階層に分けて紹介されており、ビジネス書のガイドマップとして非常に有用です。私もとても参考にしています。

なお当書では、古典を繰り返し読むことの重要性を強調し、そして(基本書をしっかり読んでいれば)ビジネス書のベストセラーはまったく読まなくていいと断言しています。書店に行くと、日々新しいビジネス書が発刊されており、何を読めばいいのかと頭を抱えているビジネスマンにとってはありがたいアドバイスであると思います*11

以上、長々と書いてきましたが、一定のレベルまで会計の専門性を高めた経理マンは、会計の専門性の枠に閉じこもることなく、ビジネス基本書の精読によりビジネス領域の幅広い知識を学び、さらに実地の経験を通じて、会計領域に限らないビジネス全般の知見を深めていくことが必要ではないでしょうか。私自身、このような心掛けによって、より幅の広い経理マンを目指していきたいと考えています。

*1:会計士は、広い領域についてそれなりに深く勉強しているわけですが、経理マンは狭い領域について実務を通じて深く勉強することで、会計士と対等に議論することが可能になります。

*2:たとえば、M&Aをしない会社の経理マンが、企業結合の会計基準に精通している必要はありません。「広く浅く」の具体的な基準としては、たとえば日商簿記1級合格などが目安となるでしょう。

*3:これは監査法人に勤務する、多くの会計士も同様だと思います。実際、監査法人の経営がいかに近視眼的で長期的なビジョンに欠けているかは、かつてのJ-SOXバブルにおける大量採用→大規模リストラと、その結果としての会計士試験合格者の就職難が社会問題となったことにより、良く知られているところです。

*4:蛇足ですが、私はコンサルタントと呼ばれる人がどうも苦手です。合理性や効率性を極端に重視するイメージで、私のように何の目的もなく好きなことをして(彼らから見れば)時間をムダに過ごすのが人生の楽しみだと思っている人間は、不要な存在として断罪されてしまいそうです。もっとも、身近にコンサルタントという職種の人がいないので、私の勝手なイメージに過ぎないのですが。笑 ただ、いずれにしても、コンサルタントの用いる技法は、ビジネスマンにとっては非常に有用であり、学ぶべきことは多いと考えています。

*5:なお、このようなハードスキル以外に、マネジメントやリーダーシップのようなソフトスキルについても、可能な範囲で書籍から学習することが必要であると思います。

*6:端的にいえば投下資本利益率(ROIC:Return on Invested Capital)に影響する項目であり、売上成長率(成長性)、営業利益率(収益性)、追加投資率(効率性)のような項目が重要とされます。

*7:これらの業務は、経理とは別の経営企画のような部署が行うことも多いと思いますが、本来は最も会計数値に精通している経理マンが適任であるように思います。

*8:ファイナンスと合わせて、これらは「MBA的知識」とでも呼ぶべきものです。

*9:これは企業の財務諸表監査を担当している会計士も同様であるように思います。監査手続の一環として、財務諸表全体の分析も行われていますが、企業の経営戦略や事業環境の深い理解に基づく、踏み込んだ分析までは行われていないのが実態ではないでしょうか。

*10:たとえば、後正武著『意思決定のための「分析の技術」』(ダイヤモンド社)によると、「分析の目的は、「興味があるから」分析するのではなくて、「経営上の判断を助け、効果的な打ち手を生むことを期待するから」分析するはずである」(p38)として、打ち手として役に立つ「マネジメント・インプリケーション」の発見に役立つような分析が必要であると指摘しています。

*11:ちなみに、当書ではそのタイトルの通り、読書を仕事にどうやってつなげるか、その目的のためにいかに効率的に読書をするか、という(コンサルタント的で合理的な)観点で記述されているため、趣味で読書を楽しむ方からすると不快な記述が多いかもしれません。そうであっても、自分の仕事に役立ちそうな箇所を取捨選択して読むと良いと思います。