賃貸と持ち家のどちらが得か、会計的に考える

賃貸と持ち家のどちらを選択すべきか、個人的に考える機会がありました。世の中には様々な意見があり、価値観やライフスタイルによっても答えが変わってくる問いだと思いますが、ここでは簿記3級程度の知識があることを前提に、会計的な観点で賃貸と持ち家の違いを検討してみたいと思います。

なお、私自身は、不動産業とはまったく無縁ですし、不動産購入経験もない素人ですので、純粋に会計的な話のみをしたいと思います。そのため、住宅ローン減税等の制度や、高齢者になると賃貸マンションを借りられなくなる問題、資産の保有に関する個人の価値観の変化等の論点は、以下では捨象して考えますので、ご了承ください。


この記事は主に以下の方に向けて書かれています。

  • 賃貸と持ち家のどちらを選択するかについて、会計的にどのように考えるか興味のある方

この記事には以下の内容が書かれています。

  • 賃貸は毎月の家賃を捨てているからもったいない、という考え方は会計上は誤りであり、持ち家の場合も、不動産の価値の減価に伴う減価償却費等の費用が発生します

  • 持ち家を購入する場合、短期で住み替える or 長期で住む、のいずれかによって、(理論上)会計処理が変わります

  • マンションの適正価格を考える際に、マンションPERという考え方があります

  • 現在のように経済の下振れリスクがある中での持ち家の購入は推奨しないが、長期で住む覚悟があり、(マンションPER等の指標からみて)割安な物件であれば、購入を検討する余地もある、と結論付けています


賃貸と持ち家、それぞれの会計処理は?

賃貸と持ち家、それぞれの場合のPL、BSを考えてみたいと思います*1。購入時の会計処理、購入後の会計処理は、それぞれ以下の通りとなります。

契約時の会計処理

まずは、契約時点でのBSを見てみましょう。

賃貸の場合

賃貸の場合は、契約時点では、何も会計処理が発生しません。つまり、以下の通り、BSには何も計上されないことになります。

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もちろん、一般的には敷金・礼金の支払が発生するのですが*2、これらの初期費用は便宜上無視することにします。

持ち家の場合

持ち家を購入する場合、以下の通り、BSに資産と負債が両建て計上されます。

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なお、ここでも、手数料等の初期費用は便宜上無視するとともに、簡単のために、全額銀行借り入れでローンを組む前提とします。

契約後の会計処理

続いて、契約後に毎月発生する会計処理を見てみたいと思います。

賃貸の場合

賃貸の場合は、基本的に毎月の家賃支払いのみが発生しますので、以下のような仕訳が計上されます。

  勘定科目 金額   勘定科目 金額
(借) 支払家賃 xxx (貸) 現金預金 xxx

持ち家の場合

持ち家の場合は、理論上は、二つの会計処理が考えられます。

会計上、建物のような(土地以外の)固定資産は減価償却することが一般的ですが、これは原則として耐用年数にわたって資産を使用するので、耐用年数にわたって取得原価を期間按分する、という考え方が根底にあります。

つまり、逆に言えば、耐用年数にわたって使用する予定はなく、住み替えを前提にする場合、これは投資としての性格に近くなるため、時価で評価する方が理論上は適切です*3

ここでは、現行の日本の会計基準にとらわれず、理論上、長く住むつもりの場合は減価償却を行い、そうでない場合は時価で評価するものと考えます。

  • 減価償却する場合は、毎月のローンの返済および利息の支払いに加えて、減価償却費が発生するため、以下の仕訳が発生します*4
  勘定科目 金額   勘定科目 金額
(借) 借入金 xxx (貸) 現金預金 xxx
支払利息 xxx
(借) 減価償却 xxx (貸) 不動産 xxx
  • 時価で評価する場合は、減価償却費の代わりに評価損益が発生するため、以下の仕訳が発生します*5
  勘定科目 金額   勘定科目 金額
(借) 借入金 xxx (貸) 現金預金 xxx
支払利息 xxx
(借) 評価損益 xxx (貸) 不動産 xxx

持ち家を減価償却時価評価の場合の比較

上で紹介した減価償却時価評価の違いについて、もう少しだけ詳しく見てみます。

減価償却の場合、仮に減価償却と借入金返済のペースが同じであれば、同じスピードで資産と負債が小さくなっていきます。以下の図のようなイメージです。

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一方、時価評価の場合は、借入金返済に伴い負債は減っていきますが、資産の変動は、短期的には負債の減少と必ずしも連動しません。

たとえば、マンションを購入して、数年程度で売却して住み替えることを考えているとします。そして、「駅近かつ築浅のマンションを買ったので、数年間は値下がりしない、場合によっては値上がりするかも」という見込みを持っているとします。

このとき、減価償却*6時価評価とを比べると、資産の帳簿価額は以下のような動きになります。なお、長期的(ここでは20年後)には、不動産の価値はゼロになると仮定しています*7

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このとき、数年後のBSは以下のような状態になります。

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こうなれば、当初の目論見通りということで、マンション購入の決断は大正解ということになりますね。

しかし、実際には、以下のグラフのようになることもあるわけです。

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すると、数年後のBSは以下のような状態になります。

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こうなると、当初の目論見通り、マンションを売って、次のマンションに住み替えることが難しくなってしまいます。

賃貸は賃借料を捨てることになるからもったいない、は会計的に間違い

巷では、「賃貸は賃借料を捨てることになるからもったいない」という意見が良く聞かれます。しかし、これは会計的には全くの誤りです。

上記の会計処理で見た通り、賃貸の場合は毎月の支払家賃が発生しますが、持ち家の場合は(長期的に住む前提であれば)減価償却費および支払利息が発生します。つまり、「賃貸は賃借料を捨てることになるからもったいない」という意見は、持ち家の場合は不動産の価値の減価に伴う費用が発生する、ということが考慮されていないのです*8。会計知識のある方は、このような言説を真に受けないようにしましょう。

また、賃貸の場合は後に何も残らないが、持ち家の場合はローンを払い終われば家が残る、ということも良く言われます。これは確かに真実ですが、しかし残った家に資産価値があるかどうかはわかりませんし、場合によっては資産価値がマイナスとなってしまう可能性もあります。いわゆる「負動産」です。「負動産」の詳細については、一番最後の補論をご参照ください。

マンションの適正価格の考え方―マンションPERについて

そもそも、持ち家の場合、どのくらいの価格が適正なのか。これは非常に難しい問題ですが、マンションについては、マンションPERという考え方がありますので、簡単にご紹介します。

PER(Price Earnings Ratio:株価収益率)とは、株価が(予想)1株当たり純利益の何倍になっているかを表した数値であり、単純計算で株式投資を何年で回収できるかを表します*9

本来、PERは株式が割高か割安かを判定するための一つの指標であり、一般的には、15~20倍程度であれば適正水準とされるようです。これをマンション価格に応用したものが、マンションPERとなります。

マンションPERとは、新築マンションの価格が、その周辺で貸されている分譲マンションの賃料の何年分に相当するかを示したものです*10。首都圏の直近のマンションPERについては、以下のような記事が出ています。

www.nomu.com

この記事を読むと、適正水準とされるマンションPERは20年程度であるが、首都圏平均は24年程度と高い水準で推移していることが分かります。

マンションPERが20年を適正とすると、たとえば賃料が月20万円程度のマンションを買うとすると、20万円×12か月×20年で4,800万円、つまり、おおよそ5,000万円程度が適正価格となります。しかし、実際のマンションPERは24年程度が平均とのことなので、その場合は、20万円×12か月×20年で5,760万円となります。適正水準と比べてかなり高いですが、こちらの記事によると、東京23区の中古マンション価格の平均は5,664万円なので、都心においては概ねこのくらいの水準が現実的ということでしょうか。

結局、どういう場合に持ち家が良いのか?

さて、いろいろ考察してきましたが、結論として、賃貸と持ち家、どちらが良いのでしょうか。言い換えると、どういう場合に持ち家(購入)を検討するのが良いのでしょうか?

上でも記載したように、持ち家には価格変動リスクがあります*11。今のように、新型コロナ(COVID-19)の影響で経済が不安定な場合には下振れリスクが大きく、それにもかかわらずマンションPERは高止まりしている状況のようですので、今のタイミングでは持ち家の購入には手を出しづらいように思います。

言い換えると、経済的に極めて不安定で、かつ価格が高止まりしている現在の状況で、多額のローンを組むのはリスクが高く、将来的に持ち家を購入するとしても、現時点では賃借料を払って意思決定を遅らせる方がベターであるように思います。

しかし、もちろん例外もあります。長期にわたって住む覚悟ができている場合には、基本的に、価格変動リスクはなくなります。マンションPERが著しく割高ではない物件が運良く見つかり、長期で住む覚悟があれば、持ち家の購入も検討の余地があるものと思います。

冒頭でも軽く触れましたが、現実には高齢になってからの賃貸はリスクが高くなる面もあります。ある程度の年を重ねて、生活環境が大きく変わらず安定した状況になるのであれば、長期に住む前提で持ち家を購入することが合理的かもしれません。

(補論)不動産が「負動産」になる理由

最近不動産が「負動産」になるというニュースをたまに見ます。資産のはずの不動産が、「負動産」と呼ばれる負債に転化してしまうのは不思議な気がしますが、どういう原理で説明ができるでしょうか。会計的に少し考えてみます。

不動産を購入した場合、これまでの説明では、単純に資産側には不動産、負債側には借入金のみが計上されるとしていましたが、厳密には以下の図のようになるのです。

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「家の所有により発生する負債」とは、支払い続けなければならない固定資産税や管理費、将来処分する際の諸費用など、一言でいえば「家を所有することによる面倒くささ」を定量化したものです。すなわち、購入した時点で、会計上の観点からは、一定の負債が計上されているのです。これは、会計における資産除去債務と同じ考え方です。

不動産の価値はどんどん下がりますが、「家の所有により発生する負債」は、家の老朽化等に伴い、どんどん膨らんでいきます。これも資産除去債務と同じです。仮に借入金を返済し終わったとしても、不動産の価値が「家の所有により発生する負債」を下回ると、債務超過になってしまいます。

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これが「負動産」の正体です。こうなると、誰も買ってはくれず、お金を払って引き取ってもらうしかなくなってしまいます。

*1:なお、念のためですが、IFRS16(新リース会計基準)の考え方はここでは無視します。IFRS16では、賃貸であっても、購入の場合と同じように資産計上が求められることになります。

*2:敷金は将来返金される前渡金としての性質を持つため、会計上、資産計上されるべきものです。

*3:この点、日本基準では、(販売用不動産などの棚卸資産を除き)固定資産である限りは減価償却が必要ですが、IFRSにおいては固定資産であっても時価で評価することが認められています。

*4:減価償却は直接法で計上しています。

*5:ここでは、市場価格が下落しているケースを想定しています。

*6:ここでは、定額法を採用することにします。

*7:言い換えると、長期的には「Σ減価償却費=Σ評価損益=取得価額」が成り立つと仮定しています。

*8:なお、時価で評価する場合であっても、長期的には減価償却と同様に価値が下がっていくはずなので、同じ理屈が成り立ちます。

*9:株式の値上がり益は考慮せず、利益は全て配当される前提での単純計算です。

*10:SUUMO住宅用語大辞典より引用しています。

*11:ここでのリスクは変動という意味で、上振れと下振れ、両方あり得る点に注意です。