経理系書籍の感想

最近は本屋に行くと、経理系の書籍の数が昔と比べて増えてきたように感じます。そこで、最近読んだ経理系書籍のうち、特におススメできるものをいくつかご紹介したいと思います。

経理高速化のための7つのITツール活用戦略』

まずは、古旗淳一著『経理高速化のための7つのITツール活用戦略』(税務経理協会)をご紹介します。

当書の「はじめに」に記載の通り、読者層としては「経理経験数年内の、比較的若手経理パーソン(p1)」が想定されており、経理経験の少ない若手経理マンにとって特に有益な内容が記載されています。タイトルに「戦略」と銘打っていますが、若手経理マンが即実践できる内容、たとえばスケジュール管理やフォルダの整理、Excelシートの使い方などの具体的な方法が多く示されていて、参考になります。

証憑が期限内に集まらない、目的のファイルを探すのに時間がかかる等々、経理を経験したことがある人にとっては「経理あるある」のような、よくある悪い例が示されていて、「確かにこういうことあるよね」と思うと同時に、自らの仕事についての問題意識を持つことができます。

著者は、経理の現場はまるで戦場であるとして、「多くの会社の経理の現場はこのように、さながらゲリラ戦地となっています。命からがら逃げ延びたかと思ったら、落ち着く暇もなく次の月次決算開始、というのが実態ではないでしょうか。(p11)」と表現しており、その様子がリアルに想像できる者としてはつい笑ってしまうのですが、さて自分の会社はどうだろうか、と考えさせられます。もちろんこの書籍には、そんな状況を改善する方法が多数紹介されているので、問題意識をもって読み進めると、実務のヒントが多数見つかると思います。

個人的には、第6章「効果的かつ効率的なチェックを実施する」がもっとも有益でした。

ところで、あなたの職場には、妙にケアレスミスが多い人がいないでしょうか。Excelシートの数式が壊れていてとんでもない数字を出しているのに気づかないとか、仕訳の貸借を逆に切ってしまうとか。…(中略)…このようなミスの多さは治らないようでいて、実は簡単に治せるのです。(p123)

そうそう、こういう経理スタッフは確かにいます。ではどうすればよいのか。それは是非当書をお読みください。

なお、この続きにて以下のような指摘があり、個人的には、よくぞはっきり書いてくれました、と思いました。個人的には、この本の中で一番印象に残った個所です。

ミスの多い人で勘違いしている人間が多いのですが、ケアレスミスのチェックは上司の仕事ではありません上司がチェックするのは部下の「判断」であり、承認はミスがないことを確かめたという意味ではなく、自分のさらに上司に対して、部下の仕事に責任を持つという意味です。チェックは上司がやってくれるものだという心の甘えが、ミスを生む最大の要因と言えるでしょう。(p125)

まさにこの通りで、要するに当事者意識、プロ意識をもって業務に取り組んでいるかどうか、ということだと思います。これは何度言ってもなかなか理解してもらえないスタッフもいるのですが、個人的な経験からすると、このことを理解しているスタッフは圧倒的に成長スピードが速いように思います。

『経営を強くする戦略経理

次に、前田康二郎・高橋和徳・近藤仁著『経営を強くする戦略経理』(日本能率協会マネジメントセンター)をご紹介します。

当書は、大企業を射程に入れつつも、主に未上場の中堅企業や上場している中小企業の経理マン向けの本であり、「戦略的に経理を活かす」という観点の本です*1。著者の文章からは、経理部の資質で会社の業績が変わるはずだ、という強い信念を感じます。「経理なんて誰がやっても同じだ、アウトソーシングしてしまえば良い」といったプレッシャーを感じている経理マンにとっては、福音の書になると思います*2

当書では、経理部は「『経理的思考』を会社全体に植樹する部署(p14)」であり、「経理の仕事の一つは、社員に『数字に関心を持ってもらう』ことである(p17)」としています。これはたとえば、数字を用いて現場に有用なアドバイスをするといったことを意味しています。さらに、CFO経理に求めることとして、経理の役割について以下のように述べられています。

CFOが(経理に)求めているのは、会社の事業内容を正しく理解したうえで、結果的に出てきた数字が正しく会社の現状を表しているかを判断し、現状と数字をリンクさせて報告してほしいということ(p19)

 

現場の状況が数字にどのように影響しているかという情報を把握できるのは、日々そうした現場と接している経理部のそれぞれの担当社員だけなのだ。…(中略)…常に自分なりに集計された数字と現状の社内の状態をイメージし、合致しているかどうかを自問自答しながら仕事することが重要だ。そうすることで、CFOが求める正しい数字と情報を適時・的確に提供できる、理想の経理社員への道が拓ける。(p20, 21)

伝票と帳簿の一致の確認を行い、試算表を作成するといった単純業務だけであれば、アウトソーシングであっても問題ないかもしれないし、将来的には大部分がAIに代替されるかもしれない。しかし、現場とのコミュニケーション等から生まれる自らの会社に対するイメージをベースにして数値の分析を行い、そして現場・経営陣への有用な情報の提供というところまで自らの役割を高められれば、「経理なんて誰がやっても同じだ、アウトソーシングしてしまえば良い」といった意見が出てくる余地はなくなる、ということだと思います。

なお、以上は当書の冒頭の一部分、一般的な経理業務についての記載を紹介しただけであり、この後も様々な規模・業種の会社を対象にした、非常に内容が濃い記述が続きます。経理の教科書的な記述に留まらず、執筆陣の豊富経験から掴んだ知恵のようなものが存分に示されていて、何度も読み返す価値がある本になっていると思います。

以下に一部を紹介しますが、実際に自分がそうした状況に遭遇した際に読み返すと新たな発見がある、そんな書籍だと思います。

  • 会社や社員というのは、「過去の最大の栄光」にすがる傾向がある(p135)

  • 売上や利益が逓減傾向にある会社は「良いことも悪いことも何もしていない」という会社である(p136)

  • 外部人材の活用には、それを受け入れる組織風土や社内での受け入れ教育が必要であり、既存人材との間で社内モラルのレベル差があってはならない(p158)

  • IPO業務の最大のリスクは「人が辞めること」(p184)

  • 経理IPO担当として転職した場合に、業務を円滑に進めるコツは、「社内の各部門のキーパーソンを見つける」ということ(p184)

『「経理」の本分』

最後は、武田雄治著『「経理」の本分』(中央経済社)です。2019年12月発売と比較的新しい本ですが、上場経理マン向け指南書の決定版とでもいうべき内容となっています。具体的な会計基準や開示のルールの話ではなく、さらに根本となる、(上場企業の)経理部とは何をするべき部署か、について正面から解説した書籍です*3。著者は「上場企業の経理部に配属された方が最初に手にすべき本」として執筆したとのことで、実際、全ての上場企業の経理マンにおススメできます。

著者は「経理が変われば、経営者が変わり、会社は変わる」との理念を掲げ、「真の経理部」を増やすためのコンサルティング活動を行っています。詳しくは当書を参照いただければと思いますが、経理部には以下の3つの段階の進化のプロセスがあり、この「情報サービス業」に進化した経理部こそが「真の経理部」であるとしています。

  • 仕訳入力を行うだけの「情報倉庫業

  • 利害関係者に価値ある情報提供を行う「情報製造業」

  • 新たな価値を創造するための経営のサポートを行う「情報サービス業」

その上で、当書では経理部を「社内外から入手した情報を加工・変換し、各利害関係者の求めに応じて、情報を提供・報告する部署」と定義したうえで、経理部の日常業務・決算業務について、体系的にその原則を解説しています。

内容は網羅的で、かつほぼ完全に同意できる内容であり*4、自社の実情を思い描きながら読むと、得られるものが多いです。たとえば、日常業務の一つのインプット業務について、当書ではインプット業務の原則として4つの原則が述べられています。インプット業務とはつまり伝票入力であり、正直なところ、日々何となく行っていることが多いと思いますが、当書では明確にインプット業務の原則が示されていますので、若手経理マンに指導する際や、自らの業務内容を改めて見直す際に大変役に立ちます。

もちろん、抽象的な原則論のみではなく、たとえば良いアウトプット資料の作り方や作成ルール、経理作成資料の管理番号体系*5の例など、具体的な記載も多く、非常に参考になります。

さらに、最終章では、「自己の価値を向上させる経理部員の心得」として、26の心得が示されており、若手の経理マンから部長クラスまで役に立つ格言集となっています。これらも度々読み返すと、新たな発見があるように思います。

経理系書籍に共通のメッセージ

さて、上記で3冊の本を紹介しましたが、当然ながら複数の本に共通して述べられている内容も多く、そこには重要なポイントが含まれていると考えられます。そこで、個人的に気になった個所をいくつかご紹介します。

経理部の役割について

経理部の役割について、『経営を強くする戦略経理』では「経理部の資質で会社の数字も変わる」、『「経理」の本分』では「経理を変えれば会社は変わる」と表現され、いずれも経理部の働きによって、会社に大きなインパクトを与えられる、という信念が感じられます。

具体的には、仕訳伝票の起票や試算表の作成が経理の主業務ではなく(それはアウトソーシングしてしまってもよいし、いずれAIに代替されるかもしれない)、経理業務の本質は価値創造・価値提供であり、会社の数値の分析を通じて経営者の意思決定をサポートするのが経理部の本来の役割である、という強いメッセージを感じます。

なお、仕訳作成業務が形式的な業務であるように書きましたが、会社業務に対する深い理解がないと適切な仕訳伝票を作成できないケースがあることも注意が必要です*6。このあたりは、過去のエントリーもご参照ください。AIが当面の間、仕訳伝票起票を完全には代替できないと考えられる理由もここにあります。

残業について

経理部では、月初の月次決算のタイミングで業務が逼迫し、残業やむなしの状態になっていることが多いように思います。すでに長時間労働の風土が根付いている経理部も多いと思いますが、この点、『経理高速化のための7つのITツール活用戦略』では、「残業問題は、結局ほとんど意識の問題(p28)」と喝破されています。著者によると、「私の体験では、残業時間は減り始めると加速度的に減っていくようです。おそらく早く帰って寝ることが、翌日の集中力につながるのでしょう。(p28)」とのことです。

「経理」の本分』においても、「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」というパーキンソンの法則に触れたうえで、「『パーキンソンの法則』に従い、労働時間を制限すべきである。…(中略)…終了時間で強制的に退社しなければならないといった対応をすれば、その時間内に仕事は終わるように工夫するはずである。そのうえで、ムダな業務、ムダな会議、ムダな資料をなくすべきである。(p13)」としています。

確かに、残業というのは、ほとんどの場合は意識の持ちようの問題である、というのは真実だと思います。『パーキンソンの法則』は真理であり、この法則に陥らないよう常に注意する必要があるでしょう。実際、深夜残業を前提とすると、昼間にダラダラしてしまう、という経験は誰しもあると思います*7

一方、突発的な業務(経営陣からの急な指示や、外部からの問い合わせ対応など)が発生した場合に残業が発生するのはやむを得ないことです。逆に言えば、こういった突発的な業務に対応できるよう、ルーティン業務については残業を前提としないで業務のスケジュールを組むべきであり、そのために通常であれば残業せずに仕事を終えて帰宅するのが当然だ、という風土を作る必要があるのでしょう。

なお、蛇足ですが、『パーキンソンの法則』と合わせて、「不要な業務を効率化しようとする努力ほど非効率的なものはない」というP.F.ドラッカーの言葉も心に刻むべきであると思います。この二つの箴言は、日々の業務を効率化する(そして肥大化させないようにする)にあたり、私も常に心に留めるようにしています。

マクロの使用について

経理部ではExcelをつかった作業が多いことから、マクロ(VBA)が使用されることもあると思います。実際、マクロを用いたExcelの自動処理に関する書籍は、本屋にたくさん置いてあります。このマクロの扱いについても、明確に述べられていましたので、ご紹介します。

経理高速化のための7つのITツール活用戦略』では、マクロについて、「使う必要がないのではなく、使うべきではない。(p105)」と明確に述べています。その上で、それでもマクロを使うとすれば、プロに作り込んでもらうか*8、純粋な単純作業*9だけに限定すべきである、としています。

「経理」の本分』では、ダメなアウトプット資料の例として、「エクセルシートにマクロを組む」ことを挙げており、逆によいアウトプット資料の例として、「マクロは使用しない」ことを挙げています(p55)。

いずれの書籍も、マクロは使用すべきでないという結論ですが、この点は私も完全に同意します。理由としては、『経理高速化のための7つのITツール活用戦略』に書いてある通り、「仕事の属人化・ブラックボックス化が進んでしまい、ジョブローテーションの妨げになります。(p105)」ということです。さらに、内部統制の観点からも、マクロはソフトウェアの一つとして管理される必要がありますが*10、おそらく通常の経理部ではそのような体制を構築するのは難しく、結果として非効率を招くことになるでしょう。

*1:ここでの「戦略」とは、もちろん経理を会社の経営戦略に活かすという意味が本旨ですが、それ以外にも、社長に経理の重要性を「戦略的に」意識させる、経理マンのキャリアを「戦略的に」構築する、といった複数の意味が込められています。

*2:実際、この経理不要論に対する直接的な反論も、当書のp92以降にて述べられています。

*3:当書のサブタイトルは、「部署の存在意義、業務の原則、部員の心得」です。

*4:「ほぼ」としているのは、たとえば、本来財務部の仕事と思われる将来予測が経理部の業務として記載されているなど、若干の違和感がある箇所もあったためです。もちろん、単に組織の業務分掌の問題なので、本質的な問題ではないのですが、財務部や経営企画部など多くの上場会社に存在する他の関連部署と、経理部がどのように協働するべきかについても言及があると良かったと思います。

*5:当書ではリファレンスナンバーと呼ばれています。

*6:この点は『「経理」の本分』p34でも述べられています。

*7:個人的には、何らかのレポートの作成や意思決定を行う場合、時間があればあるだけ不要な情報収集をして、仕事を無駄に増やしてしまう、といった罠にはまることがよくあります。

*8:たとえば外部のベンダーに外注するか、情報システム部門に作成・管理を依頼する方法などが考えられます。

*9:大量のエクセルシートの書式を整えるなど、仮にマクロが使えなくなっても、多少時間を掛ければ、手動で同じ作業が実施できるような作業が考えられます。

*10:J-SOXでいうところの全般統制を整備・運用する必要があります。