わかりやすい税効果会計
この記事は主に以下の方に向けて書かれています。
- 税効果会計の名前は知っているが、正直なところ、内容が良く分かっていない方(簿記2級~3級程度の方を想定)
この記事には以下の内容が書かれています。
- 実務上知っておく必要がある、税効果会計のざっくりとしたイメージ
はじめに
税効果会計とは一言でいうと税務と会計のズレを調整する会計です。とは言え、難解なイメージがあり、経理スタッフにわかりやすく説明するのも一苦労ですよね。
私自身、先日同じような説明をする機会がありましたので、この記事では、実務上最低限知っておくと良いことをまとめてみたいと思います。
税効果会計の最低限の知識
税効果会計とは、税務と会計のズレ、つまり「会計上の簿価」と「税務上の簿価」の差額を調整する会計です。
具体的にいうと、「会計上の簿価」と「税務上の簿価」との間に差異がある場合、その差額が小さくなるように、差額×実効税率の金額を、会計上の資産または負債として計上します。この会計上の資産を繰延税金資産(Deferred tax asset、略してDTA)、会計上の負債を繰延税金負債(Deferred tax liability、略してDTL)といいます。
「税務上の簿価」とは聞きなれない言葉かもしれませんが、会計上の費用と税務上の費用(損金)が必ずしも一致しないため、会計上の簿価と税務上の簿価が異なるケースがあるのです*1。
簡単な具体例を挙げましょう。ある固定資産を500で購入し、会計上減価償却費を400計上します。しかし、税務上はそのうち300しか費用(損金)として認められないとします。このとき、会計上の簿価は100(=500-400)、税務上の簿価は200(=500-300)となり、ズレが発生します。
ここで、税効果会計を適用すると、差額の100に実効税率(ここでは30%とします)を乗じた30を調整することになります。今回は、会計上の簿価が税務上の簿価よりも小さいので、この差額を小さくするため、会計上の資産、すなわち繰延税金資産(DTA)を30計上することになります。
もし、会計上の簿価と税務上の簿価とが逆だった場合は、繰延税金負債(DTL)を計上します*2。
以上が理解できれば、実務上の最低限の知識としては十分です。会計と税務のズレが小さくなるように、差額に実効税率を掛けた分だけ、DTAもしくはDTLを計上して調整する、というイメージを覚えましょう。
税効果会計の必要性
なぜ、上記のような調整をする必要があるのでしょうか。それは、この差異が解消する場面を考えるとわかります。たとえば、上記の資産を400で売却することを考えましょう。
会計上の簿価が100、税務上の簿価が200のものを400で売却すると、会計上の利益は300になります。しかし、税務上の利益(税法の言葉では、所得といいます)は200です。実際に支払う法人税等の税額は、税務上の所得×実効税率となりますので、実効税率を30%とすると、この取引によって支払う法人税等は200×30%=60となります。
会計上の利益は300なので、単純にこれに税率を掛けると90(=300×30%)ですが、実際の支払いは60で良い。つまり、支払う税額が30減っているわけです。このように、会計上と税務上のズレには、将来の支払い税額を減らす効果があり、この「将来の支払い税額を減少させる効果」を、繰延税金資産(DTA)として会計上資産計上するのが、税効果会計なのです*3。
もちろん、会計上の簿価と税務上の簿価とが逆だった場合も同様に考えることができます。つまり、「将来の支払い税額を増加させる効果」がある場合には、繰延税金負債(DTL)を計上します。
避けては通れない繰延税金資産の回収可能性
上記で述べたように、税効果会計によって計上される繰延税金資産(DTA)の正体は、将来の法人税等の支払い税額を減らす効果のことでした。
したがって、赤字の会社など、そもそも法人税を払っていないような会社の場合、減らすべき税額がないため、繰延税金資産(DTA)を計上できないことになります。これを「繰延税金資産の回収可能性がない」と表現します*4。
たまに、業績の悪くなった会社が、繰延税金資産を取り崩して、最終損益が大幅に悪化、というような記事を見ることがありますが、このように業績が悪化して将来の見込支払い税額が減少すると、減額できる税金も減少するため、繰延税金資産を取り崩す必要が出てきます。繰延税金資産も会計上の資産であり、これを取り崩すとPLの費用が発生しますので*5、業績が悪化するというわけです。
また、繰延税金資産(DTA)は将来の支払い税額を減らす効果ですので、将来の実効税率を用いて計算します。そうすると、税制改正によって将来の税率が引き下げられると、繰延税金資産(DTA)も小さくなってしまいます。そのため、税制改正によって法人税率が下がると、繰延税金資産(DTA)の取り崩しが生じるため、業績が悪化する、という一見矛盾した事態が起こります。これは、一般の人には非常に理解しにくい、会計上のテクニカルな現象ですが、ここまで理解できれば、税効果会計は十分理解できていると言って良いと思います。
それでも分かりにくい繰延税金負債を理解する
実務では繰延税金資産(DTA)の方が良く登場します。それは一般的に、「会計上の簿価<税務上の簿価」となるケースの方が圧倒的に多いからです。また、繰延税金資産の回収可能性も、会計上はよく論点となります。そのため、逆に繰延税金負債(DTL)についてはあまりイメージが湧かない、という方もいるでしょう。
確かに、繰延税金負債(DTL)は一見とっつきにくいですが、個人の取引で考えればとても簡単な概念ですので、以下に簡単に説明します。
たとえば、あなたが個人で100円の株を購入したとします。このとき、(他に持っている資産を無視すると)BSは以下の通りです。
勘定科目 | 金額 | 勘定科目 | 金額 |
---|---|---|---|
有価証券 | 100 | 純資産 | 100 |
その後、しばらく経ってから時価を見てみると、120円に値上がりしていたとします。このとき、BS・PLを作ると、以下のようになります。
勘定科目 | 金額 | 勘定科目 | 金額 |
---|---|---|---|
有価証券 | 120 | 純資産 | 120 |
勘定科目 | 金額 |
---|---|
有価証券評価益 | 20 |
利益 | 20 |
つまり、純資産は100円から120円に増え、20円の利益を得たことになります。これは正しいでしょうか?
実際におカネが必要になって、株式を現金化することを考えてみます。この株式を売却すると、所得税法上の譲渡所得が20発生し、所得税部分が源泉徴収されます*6。このときの税率を20%とすると、実際に手元に残るお金は、120-20×20%=116円となり、120円は手に入りません。それなのに、BSの純資産が120円なのはおかしくないでしょうか?
そこで、税効果会計の出番となります。税効果会計を適用すると、BS・PLは以下のようになります。
勘定科目 | 金額 | 勘定科目 | 金額 |
---|---|---|---|
有価証券 | 120 | 繰延税金負債 | 4 |
純資産 | 116 |
勘定科目 | 金額 |
---|---|
有価証券評価益 | 20 |
法人税等調整額 | △4 |
利益 | 16 |
以上のように、税効果会計を適用することで、税金を考慮した、本当の意味での自分の純資産を表示することができます。個人の資産管理においても、税効果を考慮して繰延税金負債(DTL)を計上しないと、換金できると思っていた金額が思いのほか小さくなってしまい、もしかすると大変なことになるかもしれません。
このように、個人の資産管理において、繰延税金負債(DTL)は非常に有用な考え方であり、こう考えると、繰延税金負債自体のイメージもよく分かるかと思います。
*1:会計上の費用を無制限に税務上の費用(損金)として認めてしまうと、税金を減らすことを目的に過大に費用計上が行われるおそれがあるため、法人税法上、費用計上(税法の言葉でいうと、損金算入)の制限を設けています。
*2:一般には、税法上損金算入が認められない結果、繰延税金資産が計上されるケースの方が多いです。繰延税金負債が出てくるのは、会計上の簿価が税務上の簿価よりも高くなるレアなケースであり、その他有価証券の時価評価(取得時よりも時価が上がると、会計>税務となる)、有形固定資産として計上する資産除去債務(税務上はこのような資産を計上しないため、会計>税務となる)、税務上の圧縮記帳を行う場合(税務上の簿価だけを小さくするため、会計>税務となる)、といった限られた場面と考えておいて良いでしょう。
*3:実は、税効果会計には、繰延法と資産負債法の二つの考え方があり、これは資産負債法の考え方になります。会計基準も、(連結税効果の一部を除き)資産負債法の考え方を採用しています。
*4:逆に、繰延税金負債(DTL)は将来の支払い税額を増やす効果なので、業績の良し悪しにかかわらず計上が必要となりますので、注意してください。
*5:法人税等調整額、という費用科目を用います。なお、その他有価証券に係る税効果など、PLを通さずに調整する科目もあります。
*6:NISAなど非課税となる特例は考えないことにします。