過去20年間の日本経済(GDP)の推移をグラフで眺める(購買力平価GDP編その1)
※最新(2020年10月)のIMF予測については、以下のエントリーをご覧ください。
この記事は主に以下の方に向けて書かれています。
- 世界経済における日本の立ち位置、日本と諸外国との経済力の現状をざっくり把握したい方
この記事には以下の内容が書かれています。
前回のエントリーでは、1人当たり名目GDPを使って、日本の世界経済における立ち位置をグラフで表現してみました。
これを見ると、日本経済は1995年時点の1人当たり(名目)GDPでは、G7の中で他を大きく引き離してトップであったにもかかわらず、現在では下位グループに転落、国全体の(名目)GDPも成長が停滞しており、世界経済の成長から取り残されている様子がわかります。
しかし、一方で1人当たり購買力平価GDPの指標を使うと、また違った姿が見えてきます。このエントリーでは、米ドル換算した1人当たり購買力平価GDPを用いて、日本経済の世界における立ち位置をグラフで表していきたいと思います。
購買力平価GDPとは
購買力平価は英語でPPP(purchasing power parity)とも略しますが、1人当たり購買力平価GDPとは一体何でしょうか。ここでは、簡単にWikipediaの説明を引用します。
各国または地域で産み出された付加価値の総額の比較は、名目国内総生産(GDP)と為替レート(通貨換算比率)を用いて行われることが多いが、これは国や地域ごとの生活のコストを反映しておらず、また国家間の資本移動の影響をうけやすい。市場取引における為替レートではなく、その地域の生活関連コストやインフレ率や収入の差などの要素を考慮した購買力平価(PPP)を用いることで、貿易や国家間投資のような、国際間資本移動の影響を受けにくいレートで比較することができる。
なお人口規模の算定や購買力平価(PPP)の推定には誤差が含まれる可能性があり、小さな違いに意味があると考えるべきではない。5%未満のGDPの違いは、推定の許容誤差内にあると一般に認められている。
要するに、生活コストやインフレ率などを考慮したレートを用いて1人当たりGDPを比較することで、各国の生活の実質的な豊かさを比べることができる、ということです。もちろん、現実には購買力平価(言い換えれば各国の物価水準)をたった一つの値で評価することは不可能なので、数値には相当程度の誤差が含まれる*1ことを認識する必要がありますが、それでも大まかな傾向をグラフで見るのであれば十分に有用だと思われます。
ただし、これは1人当たりGDPとして用いる場合に有用、ということであり、これを国全体のGDPの話に拡張して、購買力平価GDPを用いて比較をすると、あまり意味のない議論になると思われます。たとえば購買力平価GDPで見ると、中国がすでにアメリカを上回っていますが、それに何の意味があるでしょうか。国と国の経済規模を比較するのであれば、やはり名目GDPで比較をしないとあまり意味がないのではないか、というのが個人的な見解です。
IMFのデータベースの見方
前回のエントリーでは、日本の総務省統計局のデータを利用しましたが、このデータベースでは2012年以降の購買力平価GDPのデータしか掲載されていません。
そこで、今回はIMF(国際通貨基金)が公表しているWorld Economic Outlook(WEO:世界経済見通し)というデータベースを使って、グラフを作ることにします。なお、WEOは、春と秋(通常4月と9月/10月)に発行され、年2回(1月と7月)アップデートされているとのことです。
英語なので少し分かりにくいのですが、現時点の最新である2019年4月時点でのデータベースは、こちらのページから誰でも無料でダウンロード可能です。エクセルファイル形式ですので、すぐに分析を開始することができます。
ダウンロードして開いてみると、そのデータ量の大きさに驚くと思います。何しろ、全世界194の国・地域における、計45個のマクロ経済指標について、1980年~2024年の実績値・推計値が一覧で格納されています。大雑把に194×45×45年分=約40万近い数値が格納されています(もちろん欠損値も多いのですが)。ビッグデータの時代においては大したデータ量ではないかもしれませんが、質が高いので、使い方によっては宝の山になるかもしれません。
45の経済指標のうち、よく使用すると思われるものを、以下に一覧にしてみましたので、実際にダウンロードしてデータを活用しようと思っている方は参考にしてみてください。データベース上は、C列の「WEO Subject Code」というフィールドが経済指標を表しています。基本的にはC列の「WEO Subject Code」で見たい経済指標を選択し、D列の「Country」で調べたい国をいくつか選ぶことで、簡単にグラフを作ることができます*2。
WEO Subject Code | Subject Descriptor | Units | 日本語 |
---|---|---|---|
NGDP_R | Gross domestic product, constant prices | National currency | 実質GDP(自国通貨建) |
NGDP_RPCH | Gross domestic product, constant prices | Percent change | 実質GDPの成長率 |
NGDP | Gross domestic product, current prices | National currency | 名目GDP(自国通貨建) |
NGDPD | Gross domestic product, current prices | U.S. dollars | 名目GDP(USドル建) |
NGDPRPC | Gross domestic product per capita, constant prices | National currency | 1人当たり実質GDP(自国通貨建) |
NGDPPC | Gross domestic product per capita, current prices | National currency | 1人当たり名目GDP(自国通貨建) |
NGDPDPC | Gross domestic product per capita, current prices | U.S. dollars | 1人当たり名目GDP(USドル建) |
PPPPC | Gross domestic product per capita, current prices | Purchasing power parity; international dollars | 1人当たり購買力平価GDP(USドル建) |
GGXWDG | General government gross debt | National currency | 政府総債務残高 |
GGXWDG_NGDP | General government gross debt | Percent of GDP | 政府総債務残高の対GDP比 |
BCA | Current account balance | U.S. dollars | 経常収支 |
BCA_NGDPD | Current account balance | Percent of GDP | 経常収支の対GDP比 |
G7・G20における日本の1人当たり購買力平価GDP
さて、さっそくG7の各国の1980年以降の1人当たり購買力平価GDPをグラフにしてみました(以下、2024年までの推計値も合わせて表示します)*3。
どうでしょうか。日本だけが取り残されていたように見えた名目GDPのグラフと比べて、日本は他の先進国と同じように成長しているように見えないでしょうか。逆に言えば、バブル期において、特に日本が突出して豊かであったということはなく、昔からアメリカが一番豊かであり、日本は他のG7の国と同じようなスピードで成長してきただけなのだ、とも考えられます。なお、現時点ではG7間でも少しずつ差が開いてきており、購買力平価GDPにおいても1人当たりGDPが米>>加独>英仏日>伊となるのは、名目GDPと同様です。参考までに、前回のエントリーで掲載した1人当たり名目GDPのグラフを再掲します。
近年、日本はすでに後進国に転落した、などと煽る記事も多いのですが、このグラフを見る限りそのような言説をあまり真に受ける必要はなさそうです。決して日本の生活水準が他の先進国と比べて大きく下がっているということはありません*4。
少し安心したところで、次に範囲をG20に拡大して、グラフを作成してみます。そうすると、また少し違った姿が見えます。
G7+オーストラリアの8か国が上位にいる構造は、基本的には名目GDPと同じですが、サウジアラビアがかなり謎の動きを見せています。これは例外としても、それ以外の国々も、名目GDPで見るよりも、1人当たりGDPを大きく伸ばしていることが分かります。
特に注目すべきは韓国です。韓国はすでにイタリアを1人当たり購買力平価GDPで上回っており、なんとIMF推計値によると、2023年には日本も韓国に抜かれる予測となっているのです。実は1人当たり購買力平価GDPで見ると、日本はすでに他のアジアの国々に抜かれています。少し長くなったので、今日のエントリーはここまでとして、次のエントリーで、アジアにおける日本の立ち位置をグラフで比較してみたいと思います。
*1:もちろん名目GDPの測定自体にも誤差はあるわけですが、それ以上に購買力平価GDPには誤差が大きい、という意味です。
*2:データベースの一番右の列に「Estimates Start After」というフィールドがあります。この数字によって、どこまでが実績値で、どこからが推計値かを知ることができます。たとえば「2018」と記載されていれば、2019年以降の値は推計値となります。
*3:WEO Subject CodeはPPPPCを選択しています。
*4:蛇足ですが、圧倒的に裕福なアメリカでトランプ大統領が誕生し、その次に位置するドイツでも極右勢力が台頭。そしてイギリスはBrexitで大混乱しており、フランスでもデモが活発化。このような状況下で客観的に見て、主要先進国のなかで日本の置かれている状況は決して悪いとは言えないように思います。もちろん日本にも課題が山積していることは確かで、思い切った対応が求められていることは確かなのですが、それでも隣の芝生が青いわけではない、ということだと思います。