日本経済はなぜ低成長なのか

世界の中で日本経済がなぜ低成長なのかという問題について、最近考えていることをまとめたいと思います。私自身は、経済学部出身ではありませんし、(経理マンですので)経済の専門家でもなく経済学の知識が乏しいので、明白な誤りがありましたらご指摘いただけると幸いです。

なお、日本のGDPの推移は、IMF国際通貨基金)のデータを用いて、下記のエントリーでグラフで表現していますので、是非ご覧ください。

keiri.hatenablog.jp


この記事は主に以下の方に向けて書かれています。

  • 日本経済の低成長の理由について、今後の成長可能性について興味のある方

この記事には以下の内容が書かれています。

  • GDP三面等価の原則と貯蓄投資バランスについて
  • 経済成長と景気回復との違いについて
  • 日本経済の低成長の理由として、国内で企業による十分な投資が行われず、積みあがった貯蓄が国債を通じて巨額で非効率な政府支出に支出され、生産性(TFP)向上のための投資が行われなかったことを挙げています

GDP三面等価の原則

日本経済が低成長であるというのは、すなわち日本のGDP国内総生産)の成長率が低いということですので、まずはGDPについて説明をする必要があります。

GDPは、ある一定期間に国内で生み出された付加価値(儲け)の総額です。GDPは国の経済力を表す指標であり、ご存知の通り、日本のGDP成長率は、世界平均はもちろん、先進国平均と比較しても低い水準で推移しています。

ここで、GDPを①生産、②分配(所得)、③支出(購入)の3つの視点から見てみます。結論から言えば、同じものを3つの視点で見るので、定義上これらは全て等しくなり、これを「三面等価の原則*1と呼んでいます。順に見てみましょう。

① 生産面から見ると、GDPは国内の総生産ですので、以下の式が成り立ちます。

  • GDP = Y(生産)

② 分配面から見ると、GDPは国内の総所得と等しくなります。国内で生み出された付加価値は、国民に分配されるからです。分配されたものは、消費され、残りは貯蓄されます。

  • GDP = C(消費)+ S(貯蓄)

③ 支出面から見ると、GDPは国内の総支出と等しくなります。生産されたものは、必ず誰かの支出によって購入されるからです*2。支出には、消費と投資の2つがあります*3

  • GDP = C(消費)+ I(投資)

3つのGDPは定義上等しくなり(三面等価の原則)、②③を見ると、「C + S = C + I」となることから、「S = I」、つまりマクロ経済においては貯蓄と投資は等しくなります*4

これは単純な内容で、おそらくマクロ経済の授業の初回で習うような事項だと思うのですが*5、一般的に理解されていないケースが非常に多いです。そのため、たとえば、貯蓄を取り崩して消費に回せばGDPが回復する、といった俗流経済学が幅を利かせることになります。実際には、貯蓄されたものはすでに投資され(貯蓄=投資)、GDPに計上済なので、貯蓄をおろして消費に回したとしても、マクロ経済全体ではGDPに影響はありません

こう書いてもまだピンとこない方もいると思いますが、イメージとしては、我々が貯蓄したお金は、銀行によって即座に国債購入や貸付金に回されて投資されています。なので、たとえば国債購入に回っているのであれば、政府支出として公共工事に使われ、道路や橋となっています。銀行は金利を支払わなければならない以上*6、預かったお金をそのまま寝かせておくことはできず、最低限の準備預金を残して、それ以外はただちに投資に回されているのです。

GDPは知らない人がいないほど重要な経済指標ですが、多くの誤った言説が巷に溢れており、具体的には下記のブログの内容がとても参考になります*7

abc60w.blog16.fc2.com

貯蓄投資バランス(ISバランス)

上記では簡単のため、外国の存在を無視しましたが、一般にはこれを考慮し、さらに民間と政府とを区別して、GDPを以下の算式で表します。

  • 生産GDP = Y(生産)
  • 分配GDP = C(消費)+ S(貯蓄)+ T(税金)
  • 支出GDP = C(消費)+ I(投資)+ G(政府)+ (EX(輸出)– IM(輸入))

GDPを分配(所得)面から見ると、消費と貯蓄のほかに、政府への税金の支払いTがあります。一方、GDPを支出(購入)面から見ると、民間による消費と投資の他に、政府による支出Gがあります。さらに、外国が支出(購入)しますので、これを輸出と輸入の差として表しています*8

三面等価の原則により、これらのGDPは等しいですので、分配GDPと支出GDPが等しいと置いて式変形すると、以下の算式が導かれます。

  • S – I = (G – T) + (EX – IM)

これがISバランス式と呼ばれる恒等式であり、定義上必ず成立する重要な式となります。「S – I」は貯蓄から投資を差し引いているので貯蓄超過、「G – T」は政府支出から税収を差し引いているので財政赤字、「EX – IM」は輸出から輸入を弾いているので貿易黒字を表します。すなわち、「貯蓄超過=財政赤字+貿易黒字」となります。

これを解釈すると、日本国内で貯蓄が超過している分(=民間で投資する金額が不足している)、政府が財政赤字として国債を発行してお金を使い、残りは貿易黒字として外国がお金を使っていることになります*9

もっと詳しく知りたい方は、上と同じ出典ですが、下記のブログが参考になります。

abc60w.blog16.fc2.com

経済成長と景気回復との違い

さて、ここで改めて経済成長について考えておきたいと思います。よく混同されるのですが、「経済成長」と「景気回復」とは別のものです。

  • 経済成長:生産GDP=Y(生産)の水準を引き上げること
  • 景気回復:不況によって経済活動が落ち込んでいるときに(つまり供給>需要のときに)、支出GDP=C(消費)+ I(投資)+ G(政府)+ (EX– IM)(純輸出)を回復させること

不況時においては、需要が供給を下回るため、支出GDPの主要な構成要素である消費や政府支出が重要になってきます。しかし、いくら消費や政府支出を増やしても、生産GDP=Y(生産)が増えるわけではないので、供給能力を超えた経済成長はできません。もし支出GDPを増やすことで経済成長できるのであれば、国債を大量に発行して政府支出を増やすだけで、自動的に経済成長できることになりますが、もちろんそんなことはありません。

経済成長するためには、生産GDP=Y(生産)の水準を引き上げる必要がありますが、これには以下の3つの要素が必要になるとされています。

  • 労働力
  • 資本…生産のための設備
  • 技術革新…生産技術の進歩による生産性(Total Factor Productivity:TFPの向上

詳しくは、また上と同じ出典ですが、下記のブログをご覧ください。

abc60w.blog16.fc2.com

abc60w.blog16.fc2.com

日本経済の低成長の要因

さて、GDPと経済成長に関する説明は以上の通りですが、ここまで来れば、日本経済が低成長である理由が見えてきます。日本は大幅な民間貯蓄超過になっており*10、それが主に財政赤字となって政府によって支出されています。つまり、国民や企業が貯蓄したお金は銀行が国債に投資し、結果的に非効率な政府支出として使われているのです。その結果、生産性(TFP)が向上しなかったことが、日本経済が低成長になっている理由だと考えます。多様な民間の投資主体が、それぞれの思惑で成長性のある分野に各々投資をすれば良かったのですが、実際には政府が国債を発行してバラマキ政策を行うことで、生産性(TFP)向上につながらない巨額の投資が長年にわたって行われてきたのです*11

最近読んだ書籍の中に、松元崇著『日本経済 低成長からの脱却』(NTT出版)という本があります。当書の「はじめに」にて以下の記載があります。

一人当たりの所得が伸びなくなったのは、一人当たりの労働生産性が伸びなくなったから

 

その原因は、…(中略)…、日本企業が国内で成長のための投資をしなくなっているから

私も同感です。なお、日本企業は投資をしていないわけではなく、海外で投資をしているのです。上場企業の収益は好調ですが、その要因の多くは海外で投資をして海外で稼いだ利益であり、日本国内での経済成長に直接つながっていないのです*12。日本企業による海外への投資は貿易黒字となり、そして対外純資産として積みあがっています。日本の対外純資産残高は世界一の規模となっています。

日本国内での民間投資が少ない理由として、一般的に、日本には投資機会が少ない、潜在成長率が低いなどと言われることが多いですが、当書では、終身雇用制が制約となって、日本では企業が思い切った投資ができないことを理由として挙げています*13

また、国民心理という観点では、伊丹敬之著『経済を見る眼』(東洋経済新報社)という書籍において、以下のように述べられています。

成長しなくなってしまった今の日本の最大の問題は、国民の心理的エネルギー水準の低迷なのだろう。その心理的低迷が何によってもたらされたか。そこから抜け出すためにどのような道があるのか。それを、経済の深刻な問題として考える必要がありそうだ。(p110)

 

経済は未来への動きを原動力に発展していく生き物である。そこでは、将来の期待と心理が経済を動かす要因として大きな役割を果たすだろう。…(中略)…政府の政策も、民間の努力も、もっと期待と心理に焦点を当て、どのようにして委縮しがちな心理からの転換を図れるか、その道を探る必要があるだろう。(p125)

いずれにしても、もっと民間企業が日本国内に投資する環境や風土を作っていくことが、日本経済再生のカギであるように思います*14

フロー(GDP)とストック(国富)について

最後に、フローとストックについても触れておきたいと思います。GDPはフローの概念ですが、これに対応するストックの概念として「国富」というものがあります。これは、GDPのうちI(投資)が積みあがったものであり、GDPを生み出すために必要不可欠な資産です。経済成長の要素(労働力、資本、技術革新)の一つでもあり、国民資本とも呼ばれます。

具体的には、主に土地、建物などの固定資産と対外純資産から成ります。国富は投資によって増えますが、(土地を除く)固定資産は使えば使うほど減耗するとともに、自然災害などによっても喪失します。また、土地は時価で評価するため、地価の変動によっても国富が変動します。現在の日本の国富は3,000兆円程度とされています。

国富の世界ランキングを探したところ、日本語のサイトが見当たらなかったのですが、英語版のWikipediaにありました*15。元データは、Credit Suisseが公表しているGlobal Wealth Report and Global Wealth Databook(2018年版)になります。GDPと違って国富のランキングはあまり見る機会がないと思いますので、参考までに、上記ソースデータを一部加工した主要国(上位10か国)の国富と関連データを以下に記載しておきます*16

No. 国名 Total wealth
(百万USD)
割合 Wealth per adult
(USD)
GDP per adult
(USD)
1 アメリ 98,154 31.0 403,974 (5) 81,425 (7)
2 中国 51,874 16.4 47,810 (61) 12,147 (77)
3 日本 23,884 7.5 227,235 (21) 47,980 (24)
4 ドイツ 14,499 4.6 214,893 (23) 57,955 (20)
5 イギリス 14,209 4.5 279,048 (15) 54,621 (23)
6 フランス 13,883 4.4 280,580 (14) 55,668 (22)
7 イタリア 10,569 3.3 217,787 (22) 41,418 (29)
8 カナダ 8,319 2.6 288,263 (11) 59,564 (18)
9 オーストラリア 7,577 2.4 411,060 (4) 77,007 (10)
10 スペイン 7,152 2.3 191,177 (37) 37,672 (33)

*1:日本ではマクロ経済学の基本とされる「三面等価の原則」ですが、Wikipediaを見てみると、日本の経済学者である都留重人博士により考案・命名されたと記されており、英語版のページがありません。英訳を調べると、「Principle of Three Equivalence of National Income」と出てくるものの、検索しても英語の文献はヒットしません。後述の「ISバランス」は「Saving-investment balance」としてWikipediaにも英語版のページが一応あるようですが、「三面等価の原則」は日本のみで通用する学術用語なのでしょうか。残念ながら、私にも詳しいことはわからず、経済学入門書の英語の原著を読んで確かめてみるしかないのでしょう。

*2:売れ残りの場合は在庫に投資したと考えます。

*3:消費(C)は消費財の購入、投資(I)は生産財の購入です。経済財は、消費に役立つ消費財か、生産に役立つ生産財のいずれかであり、消費財でありかつ生産財である財はないと仮定されています。

*4:I(投資)に在庫投資を含まない場合について補足します。このとき、「セイの法則」(供給はすべて需要される)によると、「Y = C + I」すなわち「S = I」(貯蓄がすべて投資される)が常に成り立ちます。一方、ケインズの「有効需要の原理」(需要されただけ供給する)によると、市場が均衡した時にのみ「Y = C + I」が成り立ちます。これを、研究者・評論家の小室直樹先生は、「セイの法則」は恒等式、「有効需要の原理」は方程式、と表現しています(小室直樹著『数学嫌いな人のための数学―数学原論』(東洋経済新報社)p277、同著者『論理の方法―社会科学のためのモデル』(東洋経済新報社)p86、など)。「セイの法則」は、リカードが採用して以来、古典派経済学に全面的に取り入れられましたが、第一次大戦後にはその妥当性が失われ、ケインズの「有効需要の原理」が登場することになります。

*5:私自身は経済学部出身ではないため、実際のところはわかりません。

*6:この金利があるおかげで、銀行はつねに投資をして超過リターンを得なければならず、それゆえ常に経済成長が求められるのが資本主義の本質であると思います。

*7:特定の分野で功績がある方でも、経済学に関してはまったくの素人であり、その言説を鵜呑みにすることが危険であることを示す好例だと思います。

*8:輸入の方が多ければ、日本から外国への支出が多くなり、EX – IM はマイナスとなります。

*9:この他にも、たとえばGDPは投資(I)と強く関連するので、景気が悪くなってGDPが落ち込むとIが減少して貯蓄超過が増える、その結果、財政赤字が同額であれば貿易黒字が膨らむ、つまり景気が悪くなると貿易黒字が増える、というように、ISバランス式から様々なことを読み取ることができます。

*10:日本は金利も安く、デフレで物価も安いにもかかわらず、過去20年以上にわたって、民間消費がほとんど増えていません。株高による「資産効果」もほとんど見られず、マクロ経済学の常識が通用しない状況になっています。このような状況について、経営学者の伊丹敬之先生は、その著書『経済を見る眼』(東洋経済新報社)の中で、「失われた二十年…本当に失われたのはマクロ経済のマネジメントだった。(p94)」と指摘しています。

*11:教科書的には、クラウディング・アウト(政府が財政支出を増加させると、利子率が上昇して民間の資金需要を抑制し,民間投資を減少させる現象) が発生しますが、日本はそもそも民間投資が低調でゼロ金利のため、このような現象は起きていないようです。

*12:私たちは日系企業が海外で工場建設などの投資をするニュースを見ると、「日本企業も海外でがんばっているんだな」などと漠然と思ってしまいますが、これで成長するのは投資された海外の国であって、日本は成長しないのです。なお、海外で稼いだ利益には、基本的には日本の税金はかかりません。

*13:私は雇用制度については明るくないのですが、日本の雇用制度は、ヨーロッパと比べると必ずしも解雇規制が厳しいわけではないと聞いたこともあり、この議論が正しいかどうか判断しかねるのですが、それを置いておいたとしても、この書籍の内容自体は将来の日本経済を考えるうえで示唆に富んでいるので、おススメできます。対処療法的な景気回復ではなく、抜本的な経済成長を目指すための方策が述べられています。

*14:この観点で、リニア新幹線建設のような、一企業が日本国内で(自らリスクを取って)実施する巨大プロジェクトについて、私は全面的に賛成したいと思います。

*15:こういう場面で、英語と日本語との情報量格差を思い知らされます。

*16:per adultは、「成人(20歳以上)一人当たり」を意味しています。また()内の数値は国別順位を示しています。