経理マンはAIに職を奪われるのか?

最近は人工知能(AI)が職を奪うとして話題となっていますが、特に経理の仕事はその筆頭に挙げられます。本当でしょうか?ここでは経理業務の筆頭として、決算業務について少し考えてみたいと思います。


この記事は主に以下の方に向けて書かれています。

  • 経理業務が近い将来にAIに代替されることを心配している方
  • 経理業務をAIで代替しようと考えている方

この記事には以下の内容が書かれています。


請求書の処理はAIで代替できるか?

決算業務の中でも、もっとも頻度が多いと思われる請求書の処理についてまず考えてみましょう。請求書が到着したら、相手先と金額、振込先、振込期日を確認するとともに、相手先や明細から費目(消耗品費やシステム費など)を判断して、仕訳伝票を作成します。費目によって消費税の税抜/税込も判断します。ここまでは比較的単純作業のため、AIで代替できる(すでに一部実用化されている?)のではないかと思います。しかし、請求書に基づく処理はこれだけなのでしょうか?

そもそも支払ってOKなのかどうか?

仕訳伝票を作成する前に、そもそもの話として、その請求書にしたがって本当に支払いを行ってOKなのかどうか、見積書や注文書で金額を確認し、納品書や検収書で検収が完了していることを確認する必要があります。注文書と異なる金額で請求される、検収していないのに請求書が先に発行される、そもそも契約をまだ締結していなかった…等々といったケースもあり得ます。

その請求書は費用処理して良いのか?

会計ルール上、基本的には検収した時点で費用計上することになりますが、検収前に代金(の一部)を支払うのであれば「前渡金」になりますし、一定期間の費用をまとめて前払いするのであれば「前払費用」になります。どの勘定科目で処理すべきかは、請求書だけではなく対応する契約書を確認する必要がありますし、場合によっては、取引の実態を現場の担当者にヒアリングして確認する必要があるかもしれません。たとえば、まとまった案件のうち、部分的な検収に基づき請求がなされた場合、部分検収として費用計上するのか、前渡金として最終検収まで費用を繰り延べるのか、経済的実態や社内ルールに照らして判断する必要があります。

その他、請求書に記載された物品が、費用でなく固定資産として計上すべきものである可能性もあります。詳細は割愛しますが、固定資産の場合は、どの範囲までを取得原価に含めるか等、税法上の論点も含めて、多くの判断が必要になります。

このように、簡単そうな請求書一枚の処理を考えてみても、なかなか一筋縄ではいかないのです。

請求書が発行されない or 未着のケースも

実際には、契約に基づく請求であって請求書が発行されないケースもありますし、また請求書自体の入手が遅れているケースもあります。それでも、経理としては漏れなく対応する必要があり、「請求書が回ってこなかったから、処理が漏れました」では言い訳にならないのです*1。常に他部署のキーパーソンとコミュニケーションを取って、社内の大きな取引の発生やその進捗を事前に把握して、取引の発生を認識できずに計上が漏れている仕訳がないかどうか、モニタリングすることが求められます。

結論

今回は、請求書に関連するありふれた処理に限定して考えてみましたが、それでも、処理の大部分を自動化するのは、当面の間は難しいように思います。紙の請求書の内容を単純にExcelに打ち込むような業務であれば、現在の特化型AIで代替可能*2かもしれませんが、経理の業務はそれだけではありません*3。逆に、契約書を読み込んで理解し、メール履歴等から取引の実態を把握したうえで、会計基準や社内ルールにしたがって、あるべき会計処理を自動的に判断して仕訳伝票を作成できるようなAIが開発されれば、実現可能なのかもしれませんが、このような経理業務をほとんど代替的できるレベルの汎用AIが開発されている頃には、経理に限らずすでに大部分の世の中の仕事はAIに置き換えられているのではないでしょうか。

監査人(公認会計士)はAIに職を奪われるのか?

ところで、監査人(公認会計士)はAIによって取って代わられてしまうのでしょうか。私の答えは経理マン同様「NO」なのですが、実はこの点を取り扱った報告書「次世代の監査への展望と課題」が2019年1月31日に日本公認会計士協会より公表されています。報告書の「はじめに」より一部引用します。(太字下線は筆者による)

jicpa.or.jp

監査業務は本来、企業の活動というアナログかつ常に新たな取組を含むものが、財務諸表というある種デジタル的なものに変換されて適切に表現されているかどうかを確認することであり、そこには、例えば新規の取引に対する会計基準の適用といった、前例のない高度な判断が求められる。

監査業務はそんなに簡単ではないということですが、監査人の仕事がAIに奪われるかどうかについては、報告書p30に以下の通り記載があります。

AIが監査人の仕事を奪うという話があるが、過去、定型的な計算処理といったものをコンピュータが代替するようになったように、AIは多少複雑な業務を代替するようになっていくというのが現状の流れである。言うまでもなく、監査人が監査するのは、企業の活動という事実と会計上の慣習と経営者の判断との総合的産物である財務諸表である。監査人の対峙するのが、経営者の判断が含まれた財務諸表である以上、現時点で、監査人がAIに取って代わられるというよりも、AIはより高度な監査を支えるツールとしての役割が大きいと考えられる。

私も同意見です。ただし、この報告書にも記載がありますが、これからの監査人は、AIツール(およびAI専門家)から出力される分析結果を活用するための一定レベルのAIリテラシー統計学の素養や機械学習の知識など)が求められることになりそうなので、これらに苦手意識がある監査人は、中長期的には仕事を続けるのが難しくなるかもしれません。

機械学習については、以下のエントリーでも少し解説しましたので、興味のある方はご覧ください。

keiri.hatenablog.jp

なお、世の中では、「経理・会計業務は単純作業だからすぐにAIに代替される」「経理マンは近いうちに失業する」などと多くの著名人、知識人が言及していますが、やはり会計の世界についてあまりご存知ない方々なのだろうと思います。このような言説を見るたびに、いくら優秀な(大きな業績のある)著名人の言説であっても、その方の専門分野に関する内容でない限り、安易に信用することはできない、という当たり前のことを改めて認識させられます。もちろん、会計をバックグラウンドとする私の見解が視野狭窄に陥っており、これらの言説が正しい可能性もあると思いますので、どちらの考えが正しいかについては、読者の皆さまのご判断に委ねたいと思います。

*1:もちろん経理にも重要性の概念がありますので、重要性が乏しければこの限りではありません。

*2:この処理も、様々な様式の請求書から一定の情報を抜き出すためには、文字認識を含む高度な技術が必要であり、実用化すれば人間を単純作業から解放することができますので、大いに意義のあることです。いわゆるクラウド会計ソフトでは、請求書や領収書の画像データから自動仕訳を作成するようなので、すでに実務レベルに達している可能性があります。

*3:ここでは触れませんでしたが、会計監査を受けるような比較的大きな会社であれば、もっと難しい決算業務がたくさん登場します。連結決算もありますし、それ以外でも、たとえば、様々な見積項目(固定資産の減損、繰延税金資産の回収可能性、非上場株式の評価、…etc.)や複雑な取引の収益認識のタイミング等について、監査人と協議を重ねつつ、社内調整を進めて落としどころを探るなど、社内社外とのコミュニケーションに基づく判断が求められるため、ますますAIによる自動化は難しいでしょう。