日本経済はなぜ低成長なのか

世界の中で日本経済がなぜ低成長なのかという問題について、最近考えていることをまとめたいと思います。私自身は、経済学部出身ではありませんし、(経理マンですので)経済の専門家でもなく経済学の知識が乏しいので、明白な誤りがありましたらご指摘いただけると幸いです。

なお、日本のGDPの推移は、IMF国際通貨基金)のデータを用いて、下記のエントリーでグラフで表現していますので、是非ご覧ください。

keiri.hatenablog.jp


この記事は主に以下の方に向けて書かれています。

  • 日本経済の低成長の理由について、今後の成長可能性について興味のある方

この記事には以下の内容が書かれています。

  • GDP三面等価の原則と貯蓄投資バランスについて
  • 経済成長と景気回復との違いについて
  • 日本経済の低成長の理由として、国内で企業による十分な投資が行われず、積みあがった貯蓄が国債を通じて巨額で非効率な政府支出に支出され、生産性(TFP)向上のための投資が行われなかったことを挙げています

GDP三面等価の原則

日本経済が低成長であるというのは、すなわち日本のGDP国内総生産)の成長率が低いということですので、まずはGDPについて説明をする必要があります。

GDPは、ある一定期間に国内で生み出された付加価値(儲け)の総額です。GDPは国の経済力を表す指標であり、ご存知の通り、日本のGDP成長率は、世界平均はもちろん、先進国平均と比較しても低い水準で推移しています。

ここで、GDPを①生産、②分配(所得)、③支出(購入)の3つの視点から見てみます。結論から言えば、同じものを3つの視点で見るので、定義上これらは全て等しくなり、これを「三面等価の原則*1と呼んでいます。順に見てみましょう。

① 生産面から見ると、GDPは国内の総生産ですので、以下の式が成り立ちます。

  • GDP = Y(生産)

② 分配面から見ると、GDPは国内の総所得と等しくなります。国内で生み出された付加価値は、国民に分配されるからです。分配されたものは、消費され、残りは貯蓄されます。

  • GDP = C(消費)+ S(貯蓄)

③ 支出面から見ると、GDPは国内の総支出と等しくなります。生産されたものは、必ず誰かの支出によって購入されるからです*2。支出には、消費と投資の2つがあります*3

  • GDP = C(消費)+ I(投資)

3つのGDPは定義上等しくなり(三面等価の原則)、②③を見ると、「C + S = C + I」となることから、「S = I」、つまりマクロ経済においては貯蓄と投資は等しくなります*4

これは単純な内容で、おそらくマクロ経済の授業の初回で習うような事項だと思うのですが*5、一般的に理解されていないケースが非常に多いです。そのため、たとえば、貯蓄を取り崩して消費に回せばGDPが回復する、といった俗流経済学が幅を利かせることになります。実際には、貯蓄されたものはすでに投資され(貯蓄=投資)、GDPに計上済なので、貯蓄をおろして消費に回したとしても、マクロ経済全体ではGDPに影響はありません

こう書いてもまだピンとこない方もいると思いますが、イメージとしては、我々が貯蓄したお金は、銀行によって即座に国債購入や貸付金に回されて投資されています。なので、たとえば国債購入に回っているのであれば、政府支出として公共工事に使われ、道路や橋となっています。銀行は金利を支払わなければならない以上*6、預かったお金をそのまま寝かせておくことはできず、最低限の準備預金を残して、それ以外はただちに投資に回されているのです。

GDPは知らない人がいないほど重要な経済指標ですが、多くの誤った言説が巷に溢れており、具体的には下記のブログの内容がとても参考になります*7

abc60w.blog16.fc2.com

貯蓄投資バランス(ISバランス)

上記では簡単のため、外国の存在を無視しましたが、一般にはこれを考慮し、さらに民間と政府とを区別して、GDPを以下の算式で表します。

  • 生産GDP = Y(生産)
  • 分配GDP = C(消費)+ S(貯蓄)+ T(税金)
  • 支出GDP = C(消費)+ I(投資)+ G(政府)+ (EX(輸出)– IM(輸入))

GDPを分配(所得)面から見ると、消費と貯蓄のほかに、政府への税金の支払いTがあります。一方、GDPを支出(購入)面から見ると、民間による消費と投資の他に、政府による支出Gがあります。さらに、外国が支出(購入)しますので、これを輸出と輸入の差として表しています*8

三面等価の原則により、これらのGDPは等しいですので、分配GDPと支出GDPが等しいと置いて式変形すると、以下の算式が導かれます。

  • S – I = (G – T) + (EX – IM)

これがISバランス式と呼ばれる恒等式であり、定義上必ず成立する重要な式となります。「S – I」は貯蓄から投資を差し引いているので貯蓄超過、「G – T」は政府支出から税収を差し引いているので財政赤字、「EX – IM」は輸出から輸入を弾いているので貿易黒字を表します。すなわち、「貯蓄超過=財政赤字+貿易黒字」となります。

これを解釈すると、日本国内で貯蓄が超過している分(=民間で投資する金額が不足している)、政府が財政赤字として国債を発行してお金を使い、残りは貿易黒字として外国がお金を使っていることになります*9

もっと詳しく知りたい方は、上と同じ出典ですが、下記のブログが参考になります。

abc60w.blog16.fc2.com

経済成長と景気回復との違い

さて、ここで改めて経済成長について考えておきたいと思います。よく混同されるのですが、「経済成長」と「景気回復」とは別のものです。

  • 経済成長:生産GDP=Y(生産)の水準を引き上げること
  • 景気回復:不況によって経済活動が落ち込んでいるときに(つまり供給>需要のときに)、支出GDP=C(消費)+ I(投資)+ G(政府)+ (EX– IM)(純輸出)を回復させること

不況時においては、需要が供給を下回るため、支出GDPの主要な構成要素である消費や政府支出が重要になってきます。しかし、いくら消費や政府支出を増やしても、生産GDP=Y(生産)が増えるわけではないので、供給能力を超えた経済成長はできません。もし支出GDPを増やすことで経済成長できるのであれば、国債を大量に発行して政府支出を増やすだけで、自動的に経済成長できることになりますが、もちろんそんなことはありません。

経済成長するためには、生産GDP=Y(生産)の水準を引き上げる必要がありますが、これには以下の3つの要素が必要になるとされています。

  • 労働力
  • 資本…生産のための設備
  • 技術革新…生産技術の進歩による生産性(Total Factor Productivity:TFPの向上

詳しくは、また上と同じ出典ですが、下記のブログをご覧ください。

abc60w.blog16.fc2.com

abc60w.blog16.fc2.com

日本経済の低成長の要因

さて、GDPと経済成長に関する説明は以上の通りですが、ここまで来れば、日本経済が低成長である理由が見えてきます。日本は大幅な民間貯蓄超過になっており*10、それが主に財政赤字となって政府によって支出されています。つまり、国民や企業が貯蓄したお金は銀行が国債に投資し、結果的に非効率な政府支出として使われているのです。その結果、生産性(TFP)が向上しなかったことが、日本経済が低成長になっている理由だと考えます。多様な民間の投資主体が、それぞれの思惑で成長性のある分野に各々投資をすれば良かったのですが、実際には政府が国債を発行してバラマキ政策を行うことで、生産性(TFP)向上につながらない巨額の投資が長年にわたって行われてきたのです*11

最近読んだ書籍の中に、松元崇著『日本経済 低成長からの脱却』(NTT出版)という本があります。当書の「はじめに」にて以下の記載があります。

一人当たりの所得が伸びなくなったのは、一人当たりの労働生産性が伸びなくなったから

 

その原因は、…(中略)…、日本企業が国内で成長のための投資をしなくなっているから

私も同感です。なお、日本企業は投資をしていないわけではなく、海外で投資をしているのです。上場企業の収益は好調ですが、その要因の多くは海外で投資をして海外で稼いだ利益であり、日本国内での経済成長に直接つながっていないのです*12。日本企業による海外への投資は貿易黒字となり、そして対外純資産として積みあがっています。日本の対外純資産残高は世界一の規模となっています。

日本国内での民間投資が少ない理由として、一般的に、日本には投資機会が少ない、潜在成長率が低いなどと言われることが多いですが、当書では、終身雇用制が制約となって、日本では企業が思い切った投資ができないことを理由として挙げています*13

また、国民心理という観点では、伊丹敬之著『経済を見る眼』(東洋経済新報社)という書籍において、以下のように述べられています。

成長しなくなってしまった今の日本の最大の問題は、国民の心理的エネルギー水準の低迷なのだろう。その心理的低迷が何によってもたらされたか。そこから抜け出すためにどのような道があるのか。それを、経済の深刻な問題として考える必要がありそうだ。(p110)

 

経済は未来への動きを原動力に発展していく生き物である。そこでは、将来の期待と心理が経済を動かす要因として大きな役割を果たすだろう。…(中略)…政府の政策も、民間の努力も、もっと期待と心理に焦点を当て、どのようにして委縮しがちな心理からの転換を図れるか、その道を探る必要があるだろう。(p125)

いずれにしても、もっと民間企業が日本国内に投資する環境や風土を作っていくことが、日本経済再生のカギであるように思います*14

フロー(GDP)とストック(国富)について

最後に、フローとストックについても触れておきたいと思います。GDPはフローの概念ですが、これに対応するストックの概念として「国富」というものがあります。これは、GDPのうちI(投資)が積みあがったものであり、GDPを生み出すために必要不可欠な資産です。経済成長の要素(労働力、資本、技術革新)の一つでもあり、国民資本とも呼ばれます。

具体的には、主に土地、建物などの固定資産と対外純資産から成ります。国富は投資によって増えますが、(土地を除く)固定資産は使えば使うほど減耗するとともに、自然災害などによっても喪失します。また、土地は時価で評価するため、地価の変動によっても国富が変動します。現在の日本の国富は3,000兆円程度とされています。

国富の世界ランキングを探したところ、日本語のサイトが見当たらなかったのですが、英語版のWikipediaにありました*15。元データは、Credit Suisseが公表しているGlobal Wealth Report and Global Wealth Databook(2018年版)になります。GDPと違って国富のランキングはあまり見る機会がないと思いますので、参考までに、上記ソースデータを一部加工した主要国(上位10か国)の国富と関連データを以下に記載しておきます*16

No. 国名 Total wealth
(百万USD)
割合 Wealth per adult
(USD)
GDP per adult
(USD)
1 アメリ 98,154 31.0 403,974 (5) 81,425 (7)
2 中国 51,874 16.4 47,810 (61) 12,147 (77)
3 日本 23,884 7.5 227,235 (21) 47,980 (24)
4 ドイツ 14,499 4.6 214,893 (23) 57,955 (20)
5 イギリス 14,209 4.5 279,048 (15) 54,621 (23)
6 フランス 13,883 4.4 280,580 (14) 55,668 (22)
7 イタリア 10,569 3.3 217,787 (22) 41,418 (29)
8 カナダ 8,319 2.6 288,263 (11) 59,564 (18)
9 オーストラリア 7,577 2.4 411,060 (4) 77,007 (10)
10 スペイン 7,152 2.3 191,177 (37) 37,672 (33)

*1:日本ではマクロ経済学の基本とされる「三面等価の原則」ですが、Wikipediaを見てみると、日本の経済学者である都留重人博士により考案・命名されたと記されており、英語版のページがありません。英訳を調べると、「Principle of Three Equivalence of National Income」と出てくるものの、検索しても英語の文献はヒットしません。後述の「ISバランス」は「Saving-investment balance」としてWikipediaにも英語版のページが一応あるようですが、「三面等価の原則」は日本のみで通用する学術用語なのでしょうか。残念ながら、私にも詳しいことはわからず、経済学入門書の英語の原著を読んで確かめてみるしかないのでしょう。

*2:売れ残りの場合は在庫に投資したと考えます。

*3:消費(C)は消費財の購入、投資(I)は生産財の購入です。経済財は、消費に役立つ消費財か、生産に役立つ生産財のいずれかであり、消費財でありかつ生産財である財はないと仮定されています。

*4:I(投資)に在庫投資を含まない場合について補足します。このとき、「セイの法則」(供給はすべて需要される)によると、「Y = C + I」すなわち「S = I」(貯蓄がすべて投資される)が常に成り立ちます。一方、ケインズの「有効需要の原理」(需要されただけ供給する)によると、市場が均衡した時にのみ「Y = C + I」が成り立ちます。これを、研究者・評論家の小室直樹先生は、「セイの法則」は恒等式、「有効需要の原理」は方程式、と表現しています(小室直樹著『数学嫌いな人のための数学―数学原論』(東洋経済新報社)p277、同著者『論理の方法―社会科学のためのモデル』(東洋経済新報社)p86、など)。「セイの法則」は、リカードが採用して以来、古典派経済学に全面的に取り入れられましたが、第一次大戦後にはその妥当性が失われ、ケインズの「有効需要の原理」が登場することになります。

*5:私自身は経済学部出身ではないため、実際のところはわかりません。

*6:この金利があるおかげで、銀行はつねに投資をして超過リターンを得なければならず、それゆえ常に経済成長が求められるのが資本主義の本質であると思います。

*7:特定の分野で功績がある方でも、経済学に関してはまったくの素人であり、その言説を鵜呑みにすることが危険であることを示す好例だと思います。

*8:輸入の方が多ければ、日本から外国への支出が多くなり、EX – IM はマイナスとなります。

*9:この他にも、たとえばGDPは投資(I)と強く関連するので、景気が悪くなってGDPが落ち込むとIが減少して貯蓄超過が増える、その結果、財政赤字が同額であれば貿易黒字が膨らむ、つまり景気が悪くなると貿易黒字が増える、というように、ISバランス式から様々なことを読み取ることができます。

*10:日本は金利も安く、デフレで物価も安いにもかかわらず、過去20年以上にわたって、民間消費がほとんど増えていません。株高による「資産効果」もほとんど見られず、マクロ経済学の常識が通用しない状況になっています。このような状況について、経営学者の伊丹敬之先生は、その著書『経済を見る眼』(東洋経済新報社)の中で、「失われた二十年…本当に失われたのはマクロ経済のマネジメントだった。(p94)」と指摘しています。

*11:教科書的には、クラウディング・アウト(政府が財政支出を増加させると、利子率が上昇して民間の資金需要を抑制し,民間投資を減少させる現象) が発生しますが、日本はそもそも民間投資が低調でゼロ金利のため、このような現象は起きていないようです。

*12:私たちは日系企業が海外で工場建設などの投資をするニュースを見ると、「日本企業も海外でがんばっているんだな」などと漠然と思ってしまいますが、これで成長するのは投資された海外の国であって、日本は成長しないのです。なお、海外で稼いだ利益には、基本的には日本の税金はかかりません。

*13:私は雇用制度については明るくないのですが、日本の雇用制度は、ヨーロッパと比べると必ずしも解雇規制が厳しいわけではないと聞いたこともあり、この議論が正しいかどうか判断しかねるのですが、それを置いておいたとしても、この書籍の内容自体は将来の日本経済を考えるうえで示唆に富んでいるので、おススメできます。対処療法的な景気回復ではなく、抜本的な経済成長を目指すための方策が述べられています。

*14:この観点で、リニア新幹線建設のような、一企業が日本国内で(自らリスクを取って)実施する巨大プロジェクトについて、私は全面的に賛成したいと思います。

*15:こういう場面で、英語と日本語との情報量格差を思い知らされます。

*16:per adultは、「成人(20歳以上)一人当たり」を意味しています。また()内の数値は国別順位を示しています。

なぜ全ての資産を公正価値(時価)で評価しないのか


この記事は主に以下の方に向けて書かれています。

  • なぜ(日本基準に限らず)BS重視といわれるIFRSにおいても、公正価値会計と取得原価会計が混在するのか、疑問に思っている学習者の方

この記事には以下の内容が書かれています。

  • IFRSの目的は企業価値の算定に役立つ情報の提供であり、PLの期間損益は、企業価値評価においてDCF法を用いる際のインプットデータとしての位置づけになります
  • 固定資産への投資においては、投下資本(取得原価)を超えた利益を生み出すことが期待されており、損益計算上、総収入が投下資本(取得原価)をどれだけ上回ったかが重要になります
  • 企業価値評価においては、個々の投資家による事業価値の算定が重要であり、そのためには公正価値ではなく投下した資本(取得原価)ベースでの利益測定が有用です
  • 現在の会計基準では公正価値会計と取得原価会計が混在する混合測定の考え方が採られているため、合計値としての財務諸表は、実はあまり意味を持ちません

のれん償却に関するIFRSと日本基準との相違や、自己創設のれんの詳細については、以下のエントリーをご覧ください。

keiri.hatenablog.jp


IFRSの目的は「企業価値算定に役立つ情報提供」

まず、BS重視といわれるIFRS国際財務報告基準)の目的について簡単に確認します。

IFRSでは、PLベースの期間損益というよりも、企業価値の算定に役立つ情報の提供を財務報告の目的としています*1ファイナンス理論において、企業価値*2はDCF法を用いて将来のフリーキャッシュフロー(FCF)を割り引いて算定するため、期間損益は企業価値評価においてDCF法を用いる際のインプットデータ*3としての位置づけになります*4

IFRSの基本的な考え方を示した概念フレームワークについては、以下のエントリーをご覧ください。IFRSでは、意思決定を行う際に有用な財務情報を提供することを目的としており、個々の投資家の意思決定に相違を生じさせることができるような財務報告が、情報価値があり有用と考えられます。

keiri.hatenablog.jp

日本基準における考え方

なぜ全ての資産を公正価値で評価しないのか。それは、固定資産はなぜ時価評価ではなく、減価償却するのか、という論点と関連します。

この点、日本の「固定資産の減損に係る会計基準」の前文にあたる意見書において、以下のように分かりやすく記載されています。

固定資産の減損に係る会計基準の設定に関する意見書

 

三 基本的な考え方

1.事業用の固定資産については、通常、市場平均を超える成果を期待して事業に使われているため、市場の平均的な期待で決まる時価が変動しても、企業にとっての投資の価値がそれに応じて変動するわけではなく、また、投資の価値自体も、投資の成果であるキャッシュ・フローが得られるまでは実現したものではない。そのため、事業用の固定資産は取得原価から減価償却等を控除した金額で評価され、損益計算においては、そのような資産評価に基づく実現利益が計上されている。

非常に分かりやすい説明だと思います。固定資産は、市場平均を超える成果を期待して事業に使われている、つまり投下資本(取得原価)を超えた利益を生み出すことを期待しており、損益計算においては、総収入が投下資本(取得原価)をどれだけ上回ったかが大事だということです*5

この観点からは、固定資産について、時価評価するという考え方は出てきません。損益計算においては、時価評価は不要ということになります*6

ASBJの概念フレームワークにおける考え方

それでは、固定資産への投資に限らず、全ての投資について考えるとどうでしょうか。これについては、ASBJ(企業会計基準委員会)が2006年に公表した討議資料「財務会計の概念フレームワーク」の説明が分かりやすいと感じます。ASBJの概念フレームワークでは、投資の性質を金融投資事業投資に分けて考えています。

財務会計の概念フレームワーク

第4章 財務諸表における認識と測定

 

21. 利用価値*7は、市場価格と並んで、資産の価値を表す代表的な指標の1 つである。利用価値は、報告主体の主観的な期待価値であり、測定時点の市場価格と、それを超える無形ののれん価値とを含んでいる。そのため、利用価値は、個々の資産の価値ではなく、貸借対照表には計上されていない無形資産も含んだ企業全体の価値を推定する必要がある場合に利用される。ただし、取得原価を超える利用価値で資産を測定した場合には、自己創設のれんが計上されることになる。

 

53. …(略)…市場価格や利用価値を、すべてのケースにおいて優先的に適用すべき測定値とは考えていない。原始取得原価や未償却原価を、市場価格などによる測定が困難な場合に限って適用が許容される測定値として消極的に考えるのではなく、それらを積極的に並列させている。財務報告の目的を達成するためには、投資の状況に応じて多様な測定値が求められるからである。資産と負債の測定値をいわゆる原価なり時価なりで統一すること自体が、財務報告の目的に役立つわけではない

 

57. …(略)…投資の成果がリスクから解放されるというのは、投資にあたって期待された成果が事実として確定することをいうが、特に事業投資については、事業のリスクに拘束されない独立の資産を獲得したとみなすことができるときに、投資のリスクから解放されると考えられる。もちろん、どのような事象をもって独立の資産を獲得したとみるのかについては、解釈の余地が残されている。個別具体的なケースにおける解釈は、個別基準の新設・改廃に際し、コンセンサスなどに基づき与えられる。これに対して、事業の目的に拘束されず、保有資産の値上りを期待した金融投資に生じる価値の変動は、そのまま期待に見合う事実として、リスクから解放された投資の成果に該当する

ASBJ概念フレームワーク特有の「投資のリスクからの解放」*8という言い回しが出てきますが、簡単にまとめると以下の通りです。

  • 金融投資:それ自体が無形の価値を含まないので時価による直接的な測定が有用
  • 事業投資:無形ののれん価値を含むので、利益などのフロー情報が有用

つまり、いつでも時価で換金できる金融投資と異なり、事業投資については、個々の資産・負債を公正価値で評価したとしても、事業全体の価値の算定にはつながらないため、むしろ利益情報が役に立つ、ということです。自己創設のれんのない金融投資には公正価値会計を、自己創設のれんのある事業投資には取得原価会計を適用すべき、とも言えます。

ファイナンス理論の企業価値評価*9と整合する、非常にわかりやすいロジックですが、実務的には金融投資、事業投資の区別が必ずしも明確でないこともあり*10、実際には一筋縄ではいかなそうです。

結論

ASBJ概念フレームワークに示されたような考え方はIFRSでは明示的に示されていませんが、IFRSにおいても混合測定の考え方が取られており、共通のものであると考えられます*11。いずれにしても、事業投資については、個々の投資家による事業価値(特に無形ののれん価値)の算定が重要であり、そのためには公正価値ではなく投下した資本(取得原価)ベースでの利益測定が投資家の意思決定に有用であると考えられます。

(追記)混合測定について

上記で記載した通り、現在の会計基準においては、日本基準・IFRSいずれにおいても、公正価値会計と取得原価会計とが混在する混合測定が採用されています。これについて、2020年4月6日の経営財務のコラム*12において、IASB(国際会計基準審議会)前理事の鶯地隆継氏が以下のように明確に述べられていましたので、ご参考までに紹介します。

混合測定では、測定基礎の異なる資産負債が混在する。あるものはメートル法で測定し、あるものはマイル法で測定し、あるものは尺貫法で測定しているようなもので、それらの数字だけを足し合わせた合計値は全く意味がない。したがって、合計値としての財務諸表は、実は、あまり意味を持たないのである。

 

…(中略)…合算した数値に意味がないとすれば、その財務諸表の中にある特定の一行、たとえば当期純利益をもって、それがその企業の業績の全てであるかのような思い込みは危険である。…(中略)…このような不整合を内包しながらも、財務諸表は段階損益や注記なども含めた総体としての有用性を保とうとしている。重要なのは、作成者、利用者などのステークホルダーが、それを十分理解して、財務諸表と向き合う事である。

*1:財務報告が、直接、企業価値を示すことを目的にしているわけではない点に注意が必要です。

*2:企業価値=事業価値+投融資(非事業資産)であり、ここでは厳密には事業価値を指します。

*3:ファイナンス理論に基づく企業価値評価は将来のキャッシュ・フローを予測するため、PLの実績数値ではなく、予想PLの数値を使うことになる点に留意が必要です。

*4:なお、ここで述べた通り、ファイナンスの世界では、会計上の利益ではなく、(会計上の利益を加工した)FCFを利用して企業価値を評価します。財務報告の主目的が投資家による企業価値評価なのであれば、最初から純利益ではなくFCFを重視するような財務会計を指向すれば良いのではないか、という意見も有り得ます。この点について、元ASBJ委員長の西川氏は、著書の中で以下のように述べています。「実際には投資家はFCFより、PLの純利益(またはそれを加工した利益情報)を指標にして将来予測を行う人が多いと言われている」「現金主義より発生主義の結果の方が有用な業績指標となるという発生主義会計誕生以降の評価は変えようがないですね。例えば、トップラインを見ても、売上高であるべきか、売上収入(現金入金額)であるべきかといったとき、情報の早さ(入金前に情報が出る)と確かさ(財またはサービスを提供済みである)が備わった売上高に軍配が上がるでしょう。仮にその売上高に関して貸倒れが生じても、何もなかったかのように売上収入が上がらないより、売上げて貸倒れたという情報が含まれた方が、情報として豊富なものといえますね。」(西川郁生著『会計基準の考え方』(税務経理協会))

*5:固定資産の取得価額は、取得時点での公正価値と一致します。一方、企業は取得価額を上回る成果を期待しており、これは使用価値と呼ばれるものです。つまり、「使用価値>公正価値」と考える場合に、企業は固定資産に投資を行うといえます。この使用価値と公正価値の差額こそが自己創設のれんとなります。どの会計基準においても、自己創設のれんの計上は原則として禁止されていますが、減損損失の計算においては使用価値の概念が出てきます。

*6:なお、上記の意見書において、減損会計も時価評価会計とは異なり、あくまで「取得原価基準の下で行われる帳簿価額の臨時的な減額」とされています。

*7:一般には「使用価値」とされることが多いですが、同じ意味として定義されています(財務会計の概念フレームワーク20項)。

*8:ASBJは、2013年12月のASAF(会計基準アドバイザリー・フォーラム)会議において、純利益の性質として「リスクからの解放」ではなく「不可逆な成果」を挙げているそうですが、この点について、当時のASBJ委員長である西川郁生氏は、上の脚注でも参照した著書の中で「リスクからの解放は個⼈的には⼤変好きな説明ですが、費⽤サイド、例えば減価償却がなぜリスクからの解放かという質問(攻撃)が国際的な議論の場で繰り返されたので、違う説明を探していました。」と述べています。(西川郁生著『会計基準の考え方』(税務経理協会))

*9:ファイナンス理論の企業価値評価においては、「企業価値=事業価値(本業の資産を活用して生み出された将来FCF(Free Cash Flow)の現在価値)+投融資(金融資産・不動産等の非事業資産)」として算出します。このとき、事業価値は個々の資産の時価(公正価値)の積み上げではなく、将来FCFの現在価値として算定されることになります。なお、ある程度会計に詳しいものの、企業価値評価などのファイナンス理論に自信のない方は、田中慎一・保田隆明著『コーポレートファイナンス 戦略と実践』(ダイヤモンド社)をおススメします。適度に専門的かつ実践的な内容でありながら、コーポレートファイナンス領域全体が非常に分かりやすくまとまっています。

*10:たとえば金融資産であっても子会社株式は事業投資となり、逆に非金融資産の投資不動産は金融投資にあたると考えられるなど、単純に金融資産=金融投資となりません。このあたり、企業価値評価の実務においてはある程度割り切っているのだと思いますが、客観的な規範性が求められる会計基準にまで落とし込むのはなかなか難しそうです。

*11:秋葉賢一著『会計基準の読み方Q&A100(第2版)』(中央経済社)p56より。

*12:「暖簾に腕押し IFRS COLUMN 第7回 会計基準の役割(その4)」より。

会計人材の転職について

私もちょうど数年前のこの時期に、転職活動を本格的に始めました。なぜ転職をしたのかについては、また別の機会に書ければと思いますが、転職することで、生産性が高くて働きやすい組織に人が集まり、社会の新陳代謝が活性化すれば、この国はもっと豊かになると思います。


この記事は主に以下の方に向けて書かれています。

  • 経理職への転職を考えている方

この記事には以下の内容が書かれています。

  • 実際に転職をした経理マンが考える、会計人材の転職について

転職の思考法

北野唯我著『転職の思考法』(ダイヤモンド社)という本をご存知でしょうか。この本はベストセラーになり、いろんな方が紹介しているので、詳しい紹介は省略しますが、物語形式のストーリーを一読して、最後にまとまっている「ノートまとめ」を繰り返し読めば、転職についての基本的な考え方が身に付くので、おススメです。最近の本であるため、私自身は転職をした後にこの本を読んだのですが、非常に納得感がありました。(実際、この本を妻にも薦めました)

私が特に記憶に残った著者の指摘は、以下の3点です。

  • 20代は専門性、30代は経験、40代は人的資産(人脈)でキャリアを作れ

  • マーケットバリューは業界の生産性に最も大きな影響を受ける

  • 多くの人にとって、心からやりたいことなど必要ない

    • 人間には、「何をするか」に重きをおくto do型の人間と、「どんな人でありたいか、どんな状態でありたいか」を重視するbeing型の人間がいる。99%の人間はbeing型である。だから、「心からやりたいこと」がなくても悲観する必要はまったくない。

会計人材の転職

特に会計関係の仕事についている人であれば、すでに一定の専門性がある時点で、他の一般の転職者と比べて優位に転職活動を進めることができると思います。転職先も様々な業種、規模の事業会社(場合によっては会計事務所も)から自由に選択できるため、自分の興味のある業界を選ぶこともできます。

経理職はいずれAI(人工知能)に代替されるという話をよく耳にしますが、現実には当面の間ありませんので(以下のエントリーでも書きましたのでご覧ください)、当面の間は経理業務ができる人材は引く手あまたです。実際、私の会社でも、スタッフ職、マネージャー職、いずれも採用に苦労しています。

keiri.hatenablog.jp

いまの仕事がもしイヤになっているのであれば、自分に言い訳せずに、転職活動という第一歩を踏み出してみることを強くおススメします。実際に転職するしないにかかわらず、きっと新しい世界が見えてくるはずです。 (私の妻は結局転職しなかったのですが、転職活動を通じて様々なエージェントと話をして自分のキャリアを考えたことは良い経験になったようです)

会計人材の転職活動における注意点

会計人材はスキルに応じて、会社規模にもよりますが、スタッフ、マネージャーからCFOに至るまで、様々な職位への転職に挑戦することができます。会計の専門性は、経理、財務、税務それぞれの領域である程度明確にスキルが定義されているので、自分の足りないスキルが明確です。すでに経理職として働いているのであれば、転職を繰り返して、常に自分に合ったステージに身を置き、新たな専門性(スキル)を身につけ経験を積むことで、キャリアをステップアップしてくことも可能で、実際に推奨されてもいます。

これは、どの業界でもかならず必要となる専門性を持つ、会計人材ならではの強みであり、特に経理職で働く人はこういった考え方をどんどん取り入れていくべきだと思います。一方で、「会計人材はどうせすぐにキャリアアップを目指して転職する」と世間から思われているのも事実です。

事業会社への転職を目指すのであれば、自分のキャリアアップやスキルセットのことばかりではなく、「なぜその会社で働きたいのか?」「その会社のミッションに本当に共感しているのか?」といった根本的な問いについてよくよく考えてから、採用面接に臨むことをおススメします。

英会話教材 『Jump-Start!』


この記事は主に以下の方に向けて書かれています。

  • TOEICの点数は高いが、英会話が苦手な方
  • 『Jump-Start!』 に興味があり、口コミを確認したい方

この記事には以下の内容が書かれています。

  • 『Jump-Start!』 の概要、レベルや、使用例を紹介しています
  • 『Jump-Start!』に続く教材として、『ALL IN ONE TOEIC テスト 音速チャージ!』を使用してTOEIC900点台を取りましたので、使用例を簡単に紹介しています

『Jump-Start!』 との出会い

最近はじめた英会話教材、『Jump-Start!』をご紹介します。日経新聞の広告にもたまに出ているので、ご存知の方も多いかもしれません。

なぜこの教材を選んだかというと、この教材の音声教材(mp3ファイル)が無料(!)でダウンロードできると知ったためです。下記のサイトからさっそくダウンロードしたところ、無料とは思えないほど内容が良さそうだったので、結局書籍も購入しました。書籍を購入しても1000円と非常に安いです。

www.aio-english.net

教材の紹介に入る前に、私の英語のレベルを書いておくと、私自身は、海外で暮らした経験や海外留学経験といった海外経験は全くありません。受験勉強でしか英語を使ってこなかった、典型的なドメスティック日本人です。海外出張も、前職時代に2度ほど行った程度ですが、海外出張に行く機会があった頃は、高いお金を払って英会話教室に通うとともに、TOEIC対策をして受験し、900点を超えるスコアを出したこともあります*1。それでも、「英語が喋れる」「英語ができる」という感触は結局得られず、ここ数年は英語から完全に遠ざかっていました。

ところが転職後、社内に外国人が増えたこともあって、英語の必要性を再度感じたため、今年の初めからオンライン英会話を開始しました。久しぶりの英会話で、相手の言っていることもあまり聞き取れず、かなりのストレスを感じていましたが、最近は少しずつ聞き取れるようになってきました*2。そこで、英語での発信力をもう少し鍛える必要があるな、とモチベーションが湧いていたタイミングで、この『Jump-Start!』に出会いました。

教材の概要

有名な英語教材として、瞬間英作文というトレーニングがあります。これは、日本語の文章を、即座に英語に訳すトレーニングを繰り返すことで、英語が喋れるようになる、というトレーニング法です。合理的ですし、やり込めば実際に喋れるようにもなると思うのですが、日本語→英語に瞬時に訳すのはかなり疲れる作業であり、私も以前少しだけやってみましたが、途中で諦めてしまいました。

この『Jump-Start!』も似たような発想の教材なのですが、著者は瞬間英作文とは似て非なるものとして、「瞬時英訳」と呼んでいます。具体的には、一つの文章全体ではなく、まずは文章の一部(単語もしくは節単位)で、日本語→英語に変換するトレーニングを行います。とても短い単位なので、これであればストレスはほとんどありません。

以下に、教材の紹介文を一部引用します。

「瞬間英作文」は、「日本文全体」を「英文全体」に置き換えます。ですから、頭の中で「高度な翻訳作業」を行う必要があり、大半の学習者はそれができないので(つまり、中学レベルの簡単な英文でも、高校レベル以上の文法力と語い力が必要になる)、「英作文」ではなく単なる「全文の丸暗記」になります。「全文の丸暗記」では、個々の単語も、そこに含まれる文法も、それらを合わせた英作文の力も、ほとんど身につきません。

 

これに対して、『Jump-Start!』は、英語の語順に従って、日本語を前から順番に小さく英語に置き換えていきます。前から順番に細かく英語に置き換えていく過程で、個々の英単語の意味、英語の語順、語と語の修飾関係が身につきます。そして、これは中学レベルの文法力しかなくても行えます。

例えば、「聞き流し」の教材は、以下のように音声が流れます。

例1(3日目より)

「彼女は・いない」 ⇒ " She is not "

「彼女の机のところに」 ⇒ " at her desk "

「彼女は席を外しています。」 ⇒ " She is not at her desk. "

 

例2(5日目より)

「でしょうか?・私は」 ⇒ " Do I "

「知っている・あなたを」 ⇒ " know you "

「以前お会いしていますか?」 ⇒ " Do I know you? "

このように、小さな単位で置き換えてから、全文を日本語→英語に置き換えるので、ストレスが小さくて続けやすいのです。もちろん慣れてきたら、日本語と英語の全文のみで構成された「瞬時英訳」用の音源など、複数の音声教材が提供されています*3

また、この例で出した「彼女は席を外しています。」「以前お会いしていますか?」などの文章は、英語を見れば非常に簡単ですが、日本語から見ると、慣れていないと意外と即座に英語が出てこない文章です。このように、易しい英語を用いていろんな表現ができることを思い出させてくれる、そんな例文が揃っていると思います。

教材の内容(学習項目)

この本の副題は「英語は39日でうまくなる!」となっていますが、これは学習項目が39個あることを意味しています。1日1項目ずつ進めていくことが前提となっており、39項目の内容は、以下の通りです。中学英語のレベルとのことですが、基本的な英会話に必要な文法項目はほとんど網羅されているように思います(裏を返せば、英会話ができないのは、中学レベルの英語すら満足に使えていないということ)。

なお、これは私の感想ですが、7日目と9日目は特に難しいと感じました。最初の方の単元は簡単だ、と甘く見ていると痛い目を見るかもしれません。

  1. 命令文
  2. be動詞の肯定文
  3. be動詞の否定文
  4. be動詞の疑問文
  5. 一般動詞の文
  6. 三単現の文
  7. 否定疑問と付加疑問
  8. 現在形と現在進行形
  9. be動詞の過去形
  10. 一般動詞の過去形
  11. 現在完了形
  12. 現在完了進行形
  13. willとcan
  14. may、must、should
  15. 助動詞的な動詞句
  16. There / Here is...
  17. SVCの文
  18. SVO+前置詞句
  19. SVO'OとSVOC
  20. SVO (to)不定
  21. 受動態
  22. 副詞の疑問詞
  23. wh- の疑問文
  24. Wh- の疑問文 / 感嘆文
  25. How の疑問文 / 感嘆文
  26. 間接疑問文
  27. to 不定詞の名詞用法
  28. It...to 不定詞、疑問詞 to 不定
  29. to 不定詞の副詞 / 形容詞用法
  30. 動名詞
  31. 現在分詞
  32. 過去分詞
  33. that 節(名詞節)
  34. 関係代名詞
  35. 関係副詞
  36. 接続詞と副詞節
  37. 副詞節
  38. 比較級
  39. 最上級と原級比較

私自身の使い方

1日に1項目ずつ進めれば、39日で終わる、というコンセプトですが、一定の英語力があれば、39日かけてコツコツやる必要もないと思います。私は、「聞き流し」の音声教材を10日分ずつ(最後だけは9日分)4つのフォルダに分けて、1日に1つのフォルダを聞き流すことにしています*4。「聞き流し」は全部通すと106分になりますが、4つに分けると大体25~27分程度で終わりますので、朝の通勤時間を使うと十分聞き終えることができます。まだ始めたばかりですが、毎日続けることで、英語でのアウトプットが徐々にスムーズに行えるようになる感覚をすでに実感しています。

この教材は、BGMとして流して聞くだけではほとんど意味がありませんので、あくまで頭を集中させて、日本語→英語の言い換えを頭の中で能動的に行うことが必要です。そのためにも、集中力が持続する時間で行う必要がありますが、オンライン英会話のレッスン一コマも25分ですし、これくらいが英語に集中できるちょうどよい長さではないかと思っています。

「聞き流し」で英文がある程度耳になじんできたら、今度は机上で書籍を見ながら、制限時間内に英訳できるかどうかテストを行います*5。そうすると、苦手な英文がどれなのかが明確になりますので、うまく英訳できなかった苦手な英文のみをピックアップして「聞き流し」を繰り返し実践すると、効率的かつ効果的にレベルアップできると思います。私自身、自宅で少し(10分程度でも)時間があるときには、「聞き流し」済の例文について、書籍で瞬間英作文的な英訳の練習をしたり*6、例文の解説を読んだりして、定着を図るとともに、苦手な英文のみを集中して「聞き流し」するようにしています。

(追記)ある程度慣れてきた方へ

この節は記事公開から約1年後に追記しています。

『Jump-Start!』の例文は全部で395例文あります。上記の聞き流し+テストを行えば、短い人であれば1ヶ月程度でマスターできると思います。ゆっくりやっても数か月もあれば十分だと思います。

この例文をマスターすると、39日分の例文を、30分程度でテストできるようになるので、わずか30分で自分の脳を英語モードにすることができます。30分で中学英文法の全てを網羅的にしゃべる練習ができるというのはとても効果的です。

実は私は最近は英語学習熱が少し冷めてきて、『Jump-Start!』から離れていたのですが、久々にTOEICを受けようと思い立ち、勉強を再開しました。『Jump-Start!』の例文を一度はマスターしているので、再度テストを行ってすぐに口から出てくるように練習しています。そうすると、一気に英語モードに戻ることができます。オンライン英会話レッスンの直前などに行うと効果的だと思います。

また、『Jump-Start!』には「チョイ足し英語講座」として、本に書かれていない「+α」の情報を各単元ごとに5分程度の動画にまとめた教材がyoutubeにアップロードされています。非常に有用ですので、例文をマスターした方は是非こちらをご覧になることをおススメします。

www.youtube.com

なお、この追記を書いている2020年5月現在、残念ながらTOEICの試験は行われていないのですが、そう遠くないうちに再開されると思いますので、『Jump-Start!』の姉妹編にあたる『ALL IN ONE TOEIC テスト 音速チャージ!』を購入しました。これを耳から聞いてマスターして、あとはTOEICの過去問題集を少し解いてみてから、本番にトライしてみようと考えています。

(さらに追記)『音速チャージ』を使ってTOEICを受験しました

2020年11月、5年ぶりにTOEICを受験してみました。上の追記でも書きましたが、TOEIC対策として、『Jump-Start!』の次に『ALL IN ONE TOEIC テスト 音速チャージ!』(以下、音速チャージ)を用いてしばらく学習してみました。その結果、過去最高となる900点を超える得点を取ることが出来ました。そこで、『Jump-Start!』からTOEIC受験にステップアップする人の参考に、簡単に『音速チャージ』の活用方法を記載したいと思います。

ちなみに、学習開始時の私の英語のレベルや学習状況を簡単に紹介すると、以下の通りです。

  • 海外留学や海外在住の経験は全くありません。

  • 英語は学生時代から苦手でしたが、受験勉強のおかげで、文法だけは比較的得意です。

  • 『Jump-Start!』に出てくる例文は、ほぼマスターしていました。

  • 『音速チャージ』に載っている単語は、8割程度は元々知っていました。

  • 仕事で英会話を使うことはほとんどありません。英語の読み書きはたまに必要となりますが、ほとんど機械翻訳を微修正して(つまり横着して)対応しています。

  • オンライン英会話を週に1~2回程度、細々と続けています。

TOEICの勉強には2ヶ月くらい費やしました。とは言え、主にやったことと言えば、片道30~40分程度の通勤時間を使って、『音速チャージ』の音声教材を聞きながら、教材を読んで内容を確認しただけです。その他、自宅で時間があるときには、TOEIC公式問題集を眺めて問題形式を確認し、気の向くままに問題を解いたりしていました*7

音声教材には、「読み下し音声」「英語例文音声」の2つがあります。本当は、「読み下し音声」の日本語を聞いて、すぐに英語が思い浮かぶくらいまでやり込みたかったのですが、そのレベルを目指すには時間が足りないことに気付き、とりあえず「英語例文音声」を聞いて内容を理解できる、というレベルを目標としました。

実際の試験日までに、一応英文を聞いて意味は理解できる程度までは仕上げた、という感じで、やり込んだと言えるレベルには全く達しませんでしたが、それでも900点突破は十分可能でした。やはり、『音速チャージ』には、TOEICでよく出てくる(倒置や分詞構文など)少し癖のある構文の文章が例文中に練り込まれており、これを何度も繰り返し聞いているだけで、TOEICの英文が読みやすくなったのではないかと思います。

正直なところ、『音速チャージ』の例文は、『Jump-Start!』と比べると非常に難しく、取っ付きにくいです。『Jump-Start!』と同じ感覚で、例文の暗記をしようとすると、とてもハードルが高そうですが、繰り返し英語音声を聞いて、日本語の意味を理解できるようになるレベルを目標とすれば、そんなに難しくはありません

私は、今回のTOEIC受験では、公式問題集を除けば、『音速チャージ』しか使いませんでした。『音速チャージ』の「はじめに」の最後に、『「この本でTOEICの準備勉強をしよう!」と決めたら、これだけに集中して最後までやり抜いてください』と書いてあり、これを実践しました。実際には、最後までやり抜けてもいないのですが、それでも想定レベルの「730点~860点」を十分に上回る点数を取れましたので、感謝しています。今後も、英語レベルのチェックのためにTOEICを受けることがあると思いますが、その際も『音速チャージ』で勉強(復習)したいと思います。

ちなみに、TOEIC受験を終えた今、当面は仕事で英語を使う予定もないため、英語の勉強としては、新たな知識をインプットするというより、簡単な英語をアウトプットする練習をしようと考えています。具体的には、以下の3冊セットの物語形式の参考書を使って勉強しているのですが、とても楽しいのでおススメです。

*1:一度900点超を取ってからは受けていません。いま受験したら、きっと700点も取れないでしょう。

*2:最初は相手がフィリピン人だから聞き取れないのだろう、などと思っていましたが(失礼!)、単純に私のリスニング能力が低すぎたことが原因だと気付きました。

*3:これらの音声だけであれば、無料で誰でもダウンロードできます。そのため、本当にお金をかけずに学習できるのですが、書籍を買うと全ての文章の詳細な解説がついていて勉強になるので、是非書籍も購入するべきでしょう。英文を耳から覚えた上で、これらの解説を読むと、さらに英語で表現できる幅が広がると思います。

*4:最初のうちはフォルダ内を順番に再生し、慣れてきたらランダム再生にしています。順番に再生すると、途中で中断した時に後半の項目がおろそかになってしまう可能性がありますが、ランダム再生にするとそのような懸念もなく、時間がない時でも気楽に聞き流すことができます。

*5:具体的には、スマートフォンのストップウォッチを使って、所定の制限時間内に英訳できるかどうかを確認します。十分に「聞き流し」を行って英文が身に付いていれば、少し慣れるだけでクリアできるようになると思います。

*6:一旦制限時間をクリアした後は、タイムトライアルとして度々ゲーム感覚で実施すると、結構楽しめるとともに、英文が長期記憶としてよく身に付くと思います。

*7:私の場合、自宅で2時間集中して公式問題集を解く、というのは集中力が続かずにとても無理ですので、「(極力急いで)小問を解いてみて、その都度解説を読んで確認する」といった方法を取りました。

経理マンによる機械学習入門


この記事は主に以下の方に向けて書かれています。

この記事には以下の内容が書かれています。


機械学習とは

先日のエントリーの中で機械学習という言葉が出てきました。今後AIツールから出力される結果を業務に活用するためには、最低限のAIリテラシーが必要であり、そこには機械学習の素養も含まれると思われます。

機械学習とは、一言でいえば、データの集合からその法則性を計算処理によって学習し、そして未知のデータに対して予測を行うことです。法則性を導くというと回帰分析が有名ですが、もっと複雑な関係性をもったものでも、機械学習でモデルを構築して、予測に活かすことができます*1

機械学習では特徴量(予測モデルに入力するデータ)として何を選ぶか(データのどこに着目するか)が、精度を上げるために重要です。画像データなど高次元のデータを分析する場合、生データそのものを対象に分析しても精度が上がらず、何らかの手法で特徴抽出して次元削減するなど、特徴量を設計する事前作業が不可欠になるのです。かつては人間自らが職人芸的に特徴量の設計を行っていましたが、この特徴抽出作業を自動化する技術として深層学習(Deep learning)が登場して(2012年)、一気に人工知能がブームとなりました。このあたりの流れについては、2015年発行と少し古いですが、有名な入門書である 松尾豊著『人工知能は人間を超えるか』(角川EPUB選書)が参考になります*2

機械学習について学ぶには

さて、教養として通り一遍の知識を身につけるということであれば、上記の本など入門書を数冊読めば十分ですが、今の時代、誰でも簡単に機械学習を始める環境が整っていますので、是非、そこまで足を踏み入れてみると面白いと思います。最先端の機械学習の理論を学んで、それをゼロから組み立てて実装(プログラミング)することは、AI研究者ではない一般人には難しいですが、オープンソースとして再利用できるプログラムをまとめた、機械学習用の便利な「ライブラリ」が存在しますので、これを使えば簡単に機械学習を試してみることができます。

私も、最近の人工知能ブームで興味を持ったので、少し学習を進めてみました。門外漢の経理マンとして、入門書の次に何を行ったか、簡単に書いてみます。

まず、機械学習ではPythonというプログラミング言語が一般的に使われていますので、本格的に機械学習を始めるにはPythonを学ぶことから始める必要があります。Pythonは他のプログラミング言語と比べても非常に初心者向きの言語だと思いますので*3、プログラミングの最初の一歩としては良いと思います。

オンライン学習

機械学習の入門書はたくさん出ていますが、私は、主にPyQというオンラインサービスの機械学習コースを受講して、概要を一通り学習しました。

機械学習やプログラミングのオンラインでの勉強方法は、「Python オンラインスクール」などで検索すれば網羅的に情報を集められると思いますので、私が実際に体験したものに限って、簡単にご紹介します。本を見ながらプログラミングをするのは、物理的な本の厚みなどもあって意外と面倒ですが、これらのサービスは、画面上に表示されるプログラムを見ながらの学習になるので、とても楽です。またブラウザ上で操作するため、プログラミングのための環境構築も不要で、思い立ってから5分もかからずに学習をスタートできます。

なお、以下の情報はいずれも2019年5月現在のものとなります。

Progate

prog-8.com

Progateは、完全なる初心者向けのオンライン学習サービスで、Pythonに限らず、JavaRubyPHPなど様々なプログラミング言語を学習することができます。私はPythonそのものの知識がなかったため、まずはProgateでPythonの文法について学習しました。

Progateは初心者が挫折しない工夫が随所に感じられ、特にプログラミング初心者にはオススメです。さらに、コースの一部は無料で受講できますので、最初の一歩として始めるには最適です。たとえば、Pythonのコースは全5コースありますが、最初の1コース目は無料です。

有料プランも980円(税込)/月と非常に安価で、全てのプログラム言語の学習コンテンツを利用できます。Pythonのコースの所要時間は約10~15時間ですので、その気になれば週末の2日間、そうでなくても1ヶ月で十分完了できると思います。

簿記検定でたとえると、ここまで終わらせると、日商簿記3級のテキストを読み終えたくらいのレベルに到達できる、というイメージかと思います。

PyQ

pyq.jp

PyQでは、Pythonの基本的なプログラミングから、データ分析、機械学習など応用的な使い方まで、幅広く学習できます。Progate同様、画面を見ながら、自分で手を動かしてブラウザ上でプログラムを書いていく写経が中心であり、ストレスなく大量のコードを書くことで、効率よく学習を進められます。料金は2,980円(税込)/月で、PyQの全ての学習コンテンツを利用することができます。

機械学習に関しては、

といったコースがあり、上記の項目を学習することができます(基本的に数学の知識は不要です)。ProgateでPythonの文法の基本を学んだとはいえ、まだPythonのプログラムに慣れていない方は、

  • Pythonはじめの一歩
  • Python初級
  • Python文法速習(プログラミング経験者向け)

などのコースでPythonでのプログラミングの経験を積んでから、機械学習コースに進んでも良いと思います。なお、機械学習を経験するだけであれば、「Python中級」コースまでは取り組まなくても大丈夫だと思います。

PyQでPythonの復習や機械学習のコースを終わらせるのに、大体50~60時間くらいかかると思います。簿記検定で例えると、ここまで終わらせると、日商簿記2級にギリギリ合格できるくらいのレベル(≒実務のエントリーレベル)に到達できる、というイメージかと思います。

Chainer チュートリアル

tutorials.chainer.org

日本唯一のユニコーン企業価値10億ドル以上で未上場の企業)として名高い、東大発AIベンチャーの㈱Preferred Networks。ディープラーニング用のライブラリChainerを開発していることでも有名ですが、Python の基礎から、機械学習ディープラーニングの理論の基礎とコーディングまでを幅広く解説する学習コンテンツを、2019年4月10日に無料公開しています。同社が機械学習ディープラーニングの入門として必要最低限と考えている領域をカバーしています。

大学の講義資料として利用されることも想定しているようで、理科系の大学学部生以上が対象であることから、ハードルがやや高いですが、私自身は今後この教材を用いて学習を進めてみたいと考えています。具体的には、以下のような項目を学習できます(一部は現在制作中)。

Pythonでの機械学習の流れ

Pythonのライブラリ(pandas, scikit-learn)を用いると、基本的には以下のステップで機械学習を行うことができます。csv形式のデータファイルから機械学習で分類(classification)*4を行うことを念頭に、プログラムと合わせて手順を紹介します。プログラムの説明は割愛しますが、簡単であることを実感していただければと思います。

1. データを読み込む

pandasのread_csv関数で、csvファイルを読み込み、説明変数Xと目的変数yを取得します*5。説明変数Xから目的変数yを予測するモデル(y = f(X)という関係)を機械学習で構築することが目的となります。なお、Pythonの慣例として、説明変数は大文字、目的変数は小文字にします。

import pandas as pd
df = pd.read_csv('sample.csv')
df.head()  # 読み込んだデータの内容の一部を確認

X = df.iloc[:, :-1].values  # 最後の列以外の全列を説明変数と仮定
y = df.iloc[:, -1].values  # 最後の列を目的変数と仮定

2. 学習用、テスト用にデータを分割する

scikit-learn のtrain_test_split関数を用いることで、簡単にデータを学習用とテスト用に分割できます*6

from sklearn.model_selection import train_test_split
(X_train, X_test, y_train, y_test) = train_test_split(X, y, test_size=0.3)

3. 機械学習のモデルを作成する

scikit-learn のLogisticRegression(ロジスティック回帰)など、機械学習の様々なモデルを簡単に作成できます。例として代表的な3つのアルゴリズムについてプログラムを紹介しますが*7、それぞれの内容についての説明は割愛します*8

# ロジスティック回帰を用いる場合
from sklearn.linear_model import LogisticRegression
clf = LogisticRegression(C=10)  # Cは逆正則化パラメーター

# 決定木を用いる場合
from sklearn.tree import DecisionTreeClassifier
clf = DecisionTreeClassifier(max_depth=3)  # max_depthは決定木の深さ

# サポートベクターマシンを用いる場合
from sklearn.svm import SVC
clf = SVC()

4. 学習を行い、モデルをテストする

学習用データにfit関数を用いることで簡単に学習できます*9。その後、テスト用データにscore関数を用いることで、モデルの精度(正解率)が計算できます。predict関数を用いた予測もできます。

clf.fit(X_train, y_train)  # 学習用データで学習
clf.score(X_test, y_test)  # テスト用データでテスト
clf.predict([[...]])  # 任意のインプットを用いて予測

このように、Pythonオープンソース機械学習ライブラリを利用すると、約10行程度のコードを書くだけで、誰でも簡単に、無料で機械学習が出来てしまいます*10。これはとても凄いことだと思います。詳細は割愛しますが、Pythonの実行環境も簡単に作ることができますので、興味のある方は試してみてください*11

おわりに

この記事では、機械学習の具体的な学習方法と簡単な実装について書きましたが、もう少し突っ込んだ機械学習の内容そのものについては、また別の機会があれば、書いてみたいと思います。

今の時代、やる気さえあれば、多くのことは低コストで学習することができます。インターネットのおかげで良い時代になりましたが、逆に「やらない」ことの言い訳ができない、という点では厳しい時代かもしれません。「やるか、やらないか」だけの話ですが、あまり気負わす、専門外であっても興味のあることから気軽に取り組んでいくのが良いのではないかと思います。

*1:たとえば、「猫」「犬」など動物の写真を大量に学習させて、未知の写真に対してどの動物が映っているかを判定させる、など。

*2:囲碁は、将棋よりもさらに盤面の組み合わせが膨大になるので、人工知能が人間に追いつくにはまだしばらく時間がかかりそうだ。」(p.80)と、囲碁に関する記述など時代遅れになっていますが、専門家の創造を上回るスピードでAIが進化している証左であると思います。

*3:私も大学時代にjavaの入門講義を受けてプログラムを少しかじりましたが、いきなりpublic static void main(String[] args)という謎の呪文を書かされてうんざりしたのを覚えています。しかし、Pythonではそのようなことはありません。単にprint(‘〇〇’)と書けば、「〇〇」と出力されます。

*4:分類とは、正解となるカテゴリー(「正」「誤」、「合」「否」など)と入力データの組み合わせから学習し、未知のデータからカテゴリーを予測する手法を指します。それ以外の機械学習の分野として、回帰(連続値の予測)、クラスタリング(グループ化)などの手法があり、これらについても分類と同じようにPythonのライブラリを利用できます。

*5:プログラム中、ilocは、[ ]を用いて [取り出す行, 取り出す列] を指定しています。全てを表すには’:’、最初から最後1つ前までは’:-1’、などと表すことができます。

*6:全てのデータを使って学習して、同じデータでテストしても意味がないので、事前にデータを分割する必要があります。プログラム中、test_sizeにてテスト用データとする割合を指定しています。

*7:モデルのことを分類器(classifier)と呼び、プログラム上はclfで示しています。

*8:プログラム中の C や max_depth はハイパーパラメータと呼ばれ、過学習を防ぐために設定しています(プログラム上省略も可)。実際には、クロスバリデーションによりチューニングする必要がありますが、ここでは暫定的な値を入力しています。

*9:厳密には、学習用データを訓練用データ(training data)、検証用データ(validation data)に分割し、検証用データに対して試行錯誤を繰り返すことで、ハイパーパラメータ(過学習を防ぐための、ロジスティック回帰のCや、決定木のmax_depthなど)をチューニングする必要があります。これをクロスバリデーション(交差検証)と呼び、cross_validate、cross_val_scoreなど便利な関数が用意されています。

*10:もちろん実務で活用する際には、アルゴリズムの選定や、データの加工(前処理)、特徴量の設計その他の試行錯誤等で多大な時間を要します。

*11:インターネット上で検索するとPythonの実行環境を作る方法について、簡単な解説がたくさん見つかると思います。たとえば、AnacondaというディストリビューションPythonの必要なライブラリをまとめたもの)をインストールするだけで、簡単にPython機械学習を実行する環境を構築できます。

IFRS概念フレームワークについて

GW前に、IFRSの概念フレームワークの研修を受ける機会がありましたので、備忘を兼ねて、現時点の私の理解を簡単にまとめてみます。厳密な記述ではない点にご注意いただきつつ、ざっくりと内容を把握したい方のご参考になればと思います。

なお、IFRSの概念フレームワークは2018年に改正されていますので、改正後の概念フレームワークをベースにしています。


この記事は主に以下の方に向けて書かれています。

この記事には以下の内容が書かれています。


概念フレームワークとは

そもそも概念フレームワークは、会計基準演繹的に導出するための基礎となるものです。つまり、財務報告の目的などといった抽象的な概念を定義した上で、これに整合するように会計基準を制定するという考え方がベースにあります。とは言え、実際の会計基準は、会計実務をベースに、一般に公正妥当と認められるものをまとめる形で帰納に作成されているのが実態ですので、必ずしも全てのIFRS会計基準が概念フレームワークと整合するわけではありません。そのため、IFRSの中に、IFRS概念フレームワーク自体は含まれていません*1。概念フレームワークは「IFRS憲法」などと呼ばれることもありますが、これはあまり正確ではありません。

概念フレームワークにおける主要な質的特性

IFRSにおける財務報告は、投資家が意思決定を行う際に有用な財務情報を提供することを目的としています*2。かみ砕いて言えば、投資家が企業の事業価値を評価して投資判断を行う際に役立つ情報を提供することが目的です。この「意思決定に対する有用性」を満たすために、概念フレームワークでは、以下の主要な質的特性(とその構成要素)が定められています。(2018年改正においては、項目に変更はありません)

<1989年公表の概念フレームワーク>

  • 目的適合性/関連性(Relevance)
    • 予測価値(Predictive value
    • 確認価値(Confirmatory value
  • 信頼性(Reliability)
    • 表現の忠実性(Faithful representation)
    • 実質優先(Substance over form)
    • 中立性(Neutrality)
    • 慎重性(Prudence)
    • 完全性(Completeness)
  • 比較可能性(Comparability)
  • 理解可能性(Understandability)

<2010年改正の概念フレームワーク>

  • 目的適合性/関連性(Relevance)
    • 予測価値(Predictive value
    • 確認価値(Confirmatory value
  • 忠実な表現(Faithful representation)
    • 重要な誤謬の不存在(Freedom from material error)
    • 中立性(Neutrality)
    • 完全性(Completeness)

Relevanceは訳しにくい言葉なので、「レリバンス」とそのままカタカナで表記されることも多いです。

さて、両者を比較すると、2010年度の概念フレームワークからは「信頼性」がなくなりました。これは「信頼性」という用語が多義的であり誤解を招きやすいため、削除したとのことです。一方、「慎重性」(≒保守主義)については、行き過ぎると「忠実な表現」を損なうおそれがあるという理由で、削除されています。これにより、IFRSではいわゆる保守主義による会計処理が認められないと考えられていますが、2018年の改正により、慎重性を「注意深さとしての慎重性」「非対称な慎重性(=資産と負債の認識基準が異なること)」に分けた上で、「注意深さとしての慎重性」は「中立性」の実現に役立つとのコメントが追記されました。

目的適合性と忠実な表現

IFRS概念フレームワークでは、二つの質的特性のうち、「忠実な表現」よりも「目的適合性」を重視していると解されています。非常にざっくり言うと、「忠実な表現」は客観的な取得原価ベース、「目的適合性」は主観的な公正価値ベースを志向していると考えられます。客観性の高い取得原価よりも、時価や経営者の最善の見積りを反映させた公正価値の方が、事業価値の算定(←これがIFRSの目的です)のためには有用だからです。見積もりの不確実性が高いと「忠実な表現」でなくなりますが、もし「目的適合性」が高く、有用な情報を提供すると考えられれば、IFRSでは会計処理が認められる可能性があります。究極的には、「自己創設のれん」のようなものも、一定の「忠実な表現」があると判断されれば、B/Sに計上可能となるかもしれません*3

取得原価と公正価値(時価)の関係については、以下のエントリーでも紹介しましたので、興味のある方はご覧ください。

keiri.hatenablog.jp

*1:IFRSの定めとIFRS概念フレームワークとが整合しない場合、IFRSの定めが優先されます。

*2:一般に財務諸表の利用者として、投資家以外にも、債権者や取引先、政府などが想定されますが、IFRSでは投資家を主たる利用者として位置付けていると考えられます。

*3:自己創設のれん(internally generated goodwill)は、日本基準はもちろん、現行のIFRSにおいても計上が禁止されています。これは、自己創設のれんが、信頼性をもって原価を測定できるような資産ではないからです。一方、自己創設無形資産(internally generated intangible assets)について、研究フェーズから生じた無形資産は、日本基準でもIFRSでも資産計上できませんが、開発フェーズから生じた無形資産については、日本基準では計上不可(研究開発費はすべて費用計上)ですが、IFRSでは一定の要件を満たす場合には、無形資産として計上することができます。

経理マンはAIに職を奪われるのか?

最近は人工知能(AI)が職を奪うとして話題となっていますが、特に経理の仕事はその筆頭に挙げられます。本当でしょうか?ここでは経理業務の筆頭として、決算業務について少し考えてみたいと思います。


この記事は主に以下の方に向けて書かれています。

  • 経理業務が近い将来にAIに代替されることを心配している方
  • 経理業務をAIで代替しようと考えている方

この記事には以下の内容が書かれています。


請求書の処理はAIで代替できるか?

決算業務の中でも、もっとも頻度が多いと思われる請求書の処理についてまず考えてみましょう。請求書が到着したら、相手先と金額、振込先、振込期日を確認するとともに、相手先や明細から費目(消耗品費やシステム費など)を判断して、仕訳伝票を作成します。費目によって消費税の税抜/税込も判断します。ここまでは比較的単純作業のため、AIで代替できる(すでに一部実用化されている?)のではないかと思います。しかし、請求書に基づく処理はこれだけなのでしょうか?

そもそも支払ってOKなのかどうか?

仕訳伝票を作成する前に、そもそもの話として、その請求書にしたがって本当に支払いを行ってOKなのかどうか、見積書や注文書で金額を確認し、納品書や検収書で検収が完了していることを確認する必要があります。注文書と異なる金額で請求される、検収していないのに請求書が先に発行される、そもそも契約をまだ締結していなかった…等々といったケースもあり得ます。

その請求書は費用処理して良いのか?

会計ルール上、基本的には検収した時点で費用計上することになりますが、検収前に代金(の一部)を支払うのであれば「前渡金」になりますし、一定期間の費用をまとめて前払いするのであれば「前払費用」になります。どの勘定科目で処理すべきかは、請求書だけではなく対応する契約書を確認する必要がありますし、場合によっては、取引の実態を現場の担当者にヒアリングして確認する必要があるかもしれません。たとえば、まとまった案件のうち、部分的な検収に基づき請求がなされた場合、部分検収として費用計上するのか、前渡金として最終検収まで費用を繰り延べるのか、経済的実態や社内ルールに照らして判断する必要があります。

その他、請求書に記載された物品が、費用でなく固定資産として計上すべきものである可能性もあります。詳細は割愛しますが、固定資産の場合は、どの範囲までを取得原価に含めるか等、税法上の論点も含めて、多くの判断が必要になります。

このように、簡単そうな請求書一枚の処理を考えてみても、なかなか一筋縄ではいかないのです。

請求書が発行されない or 未着のケースも

実際には、契約に基づく請求であって請求書が発行されないケースもありますし、また請求書自体の入手が遅れているケースもあります。それでも、経理としては漏れなく対応する必要があり、「請求書が回ってこなかったから、処理が漏れました」では言い訳にならないのです*1。常に他部署のキーパーソンとコミュニケーションを取って、社内の大きな取引の発生やその進捗を事前に把握して、取引の発生を認識できずに計上が漏れている仕訳がないかどうか、モニタリングすることが求められます。

結論

今回は、請求書に関連するありふれた処理に限定して考えてみましたが、それでも、処理の大部分を自動化するのは、当面の間は難しいように思います。紙の請求書の内容を単純にExcelに打ち込むような業務であれば、現在の特化型AIで代替可能*2かもしれませんが、経理の業務はそれだけではありません*3。逆に、契約書を読み込んで理解し、メール履歴等から取引の実態を把握したうえで、会計基準や社内ルールにしたがって、あるべき会計処理を自動的に判断して仕訳伝票を作成できるようなAIが開発されれば、実現可能なのかもしれませんが、このような経理業務をほとんど代替的できるレベルの汎用AIが開発されている頃には、経理に限らずすでに大部分の世の中の仕事はAIに置き換えられているのではないでしょうか。

監査人(公認会計士)はAIに職を奪われるのか?

ところで、監査人(公認会計士)はAIによって取って代わられてしまうのでしょうか。私の答えは経理マン同様「NO」なのですが、実はこの点を取り扱った報告書「次世代の監査への展望と課題」が2019年1月31日に日本公認会計士協会より公表されています。報告書の「はじめに」より一部引用します。(太字下線は筆者による)

jicpa.or.jp

監査業務は本来、企業の活動というアナログかつ常に新たな取組を含むものが、財務諸表というある種デジタル的なものに変換されて適切に表現されているかどうかを確認することであり、そこには、例えば新規の取引に対する会計基準の適用といった、前例のない高度な判断が求められる。

監査業務はそんなに簡単ではないということですが、監査人の仕事がAIに奪われるかどうかについては、報告書p30に以下の通り記載があります。

AIが監査人の仕事を奪うという話があるが、過去、定型的な計算処理といったものをコンピュータが代替するようになったように、AIは多少複雑な業務を代替するようになっていくというのが現状の流れである。言うまでもなく、監査人が監査するのは、企業の活動という事実と会計上の慣習と経営者の判断との総合的産物である財務諸表である。監査人の対峙するのが、経営者の判断が含まれた財務諸表である以上、現時点で、監査人がAIに取って代わられるというよりも、AIはより高度な監査を支えるツールとしての役割が大きいと考えられる。

私も同意見です。ただし、この報告書にも記載がありますが、これからの監査人は、AIツール(およびAI専門家)から出力される分析結果を活用するための一定レベルのAIリテラシー統計学の素養や機械学習の知識など)が求められることになりそうなので、これらに苦手意識がある監査人は、中長期的には仕事を続けるのが難しくなるかもしれません。

機械学習については、以下のエントリーでも少し解説しましたので、興味のある方はご覧ください。

keiri.hatenablog.jp

なお、世の中では、「経理・会計業務は単純作業だからすぐにAIに代替される」「経理マンは近いうちに失業する」などと多くの著名人、知識人が言及していますが、やはり会計の世界についてあまりご存知ない方々なのだろうと思います。このような言説を見るたびに、いくら優秀な(大きな業績のある)著名人の言説であっても、その方の専門分野に関する内容でない限り、安易に信用することはできない、という当たり前のことを改めて認識させられます。もちろん、会計をバックグラウンドとする私の見解が視野狭窄に陥っており、これらの言説が正しい可能性もあると思いますので、どちらの考えが正しいかについては、読者の皆さまのご判断に委ねたいと思います。

*1:もちろん経理にも重要性の概念がありますので、重要性が乏しければこの限りではありません。

*2:この処理も、様々な様式の請求書から一定の情報を抜き出すためには、文字認識を含む高度な技術が必要であり、実用化すれば人間を単純作業から解放することができますので、大いに意義のあることです。いわゆるクラウド会計ソフトでは、請求書や領収書の画像データから自動仕訳を作成するようなので、すでに実務レベルに達している可能性があります。

*3:ここでは触れませんでしたが、会計監査を受けるような比較的大きな会社であれば、もっと難しい決算業務がたくさん登場します。連結決算もありますし、それ以外でも、たとえば、様々な見積項目(固定資産の減損、繰延税金資産の回収可能性、非上場株式の評価、…etc.)や複雑な取引の収益認識のタイミング等について、監査人と協議を重ねつつ、社内調整を進めて落としどころを探るなど、社内社外とのコミュニケーションに基づく判断が求められるため、ますますAIによる自動化は難しいでしょう。